【PDF】事実婚と不妊治療について(テキスト)
婚姻の実体を有する男女間の関係であり、婚姻の届出を欠くために、法律上の婚姻が成立していないもの(窪田充見『家族法-民法を学ぶ』(第4版)有斐閣135頁)
戸主の承諾が得られず婚姻できない(旧民法)
推定家督相続人同士は婚姻できない(旧民法)
跡取りを産むまで届出をしない(試婚)などの風習
庶民にとって届出婚はなじみのない制度であり、知識の欠如や無関心があった
→内縁関係に留まらざるを得ない、いわば余儀なくされた内縁
→婚姻に準じて保護(判例・学説において、いわゆる準婚理論が発展)
法律婚にデメリットを感じ、当事者の主体的選択として婚姻届出をしない
理由は様々
夫婦同氏、戸籍制度に不都合を感じている
法律婚による拘束を受けない自由な関係(貞操義務や同居協力扶助義務を負わず、自由に解消できる関係)を望んでいる
→後者のケースで婚姻に準じた保護をすることは当事者の意思に反すると考えられる
→準婚理論は未だ有用ではあるものの、ケースバイケースの判断となると考えられる
婚姻の効果のうち、共同生活の存在を前提として定められているものは、内縁関係にも準用(類推適用)される。しかし、婚姻届が出されていることを前提として定められている効果(夫婦同氏、子の嫡出性、配偶者相続権)は内縁関係には認められない。(犬伏由子・石井美智子・常岡史子・松尾知子『親族・相続法』(第3版)弘文堂(以下「犬伏ほか『親族・相続法』」という。)119頁)
→事例(求められる法的効果)によって、保護すべき事実婚は異なる。
→法律によって「配偶者」の意味は異なる。
厚生年金保険法3条2項には「この法律において、『配偶者』、『夫』及び『妻』には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。」と規定されているが、「配偶者=婚姻関係にある当事者ならびに婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」と一般的に定義することはできない。
令和3年3月17日付け最高裁判所決定
同性の事実婚に不貞慰謝料が認められた事案
…約7年同居、アメリカで婚姻登録証明書を取得、日本国内で結婚式を挙げたこと等(東京高裁)
法規制なし
最高裁判例なし
参考として…
厚生労働省「不妊に悩む方への特定治療支援事業(令和3年1月 1 日以降治療終了分)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000740833.pdf
㋐ 両人の戸籍謄本(重婚でないことの確認)
㋑ 両人の住民票(同一世帯であるかの確認。同一世帯でない場合は、㋒でその理由について記載を求めること。)
㋒ 両人の事実婚関係に関する申立書
なお、事実婚関係にある夫婦が助成を受ける場合は、治療の結果、出生した子について認知を行う意向があることを確認すること。
東京地裁平成25年7月19日判決(平成23(ワ)18054号)
出典:ウエストロー・ジャパン、2013WLJPCA07198008
(不法行為の成否)
・ 婚姻関係にある男女の一方が,配偶者の承諾なく,配偶者ではない第三者との間で子をつくる行為は,配偶者の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法律上保護に値する利益(配偶者としての権利)を侵害する不法行為に当たる。
・ 生殖医療行為は,男女間において,自然な性交によらず,精子と卵子を受精させて妊娠に導くものであって,不妊症の男女の子をつくりたいという希望を実現するための重要な医療行為である。したがって,医師は,不妊症の男女から生殖医療行為を実施するよう求められてこれを実施することについて,原則として責任を問われることはない。
・ しかし,被実施者両名が婚姻関係にはなく,他に配偶者がいる場合に,その配偶者の承諾なく生殖医療行為を実施することは,被実施者との関係では正当な医療行為であるが,配偶者との関係では配偶者としての権利を侵害する行為に加担する行為といえるのであって,生殖医療行為は,配偶者に対する医師と被実施者の共同不法行為を構成し得る。
(故意・過失の有無)
・ 被告が,A及びBに本件体外受精を実施するに際し,Aが原告と婚姻していることを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく,原告の有する配偶者としての権利を侵害することについて故意があったとはいえない。
・ また,前記認定事実1(4)イのとおり,平成18年2月2日に発表された日本不妊学会の本件見解において,事実婚関係にある男女に対する本人同士の生殖細胞を用いた生殖医療行為を可能とすべきとされているが,事実婚関係にある男女に対する体外受精が配偶者としての権利を侵害するおそれがあることや,それを防ぐための身分関係の調査義務等についての記載はない。
・ 一方,前記認定事実1(4)アのとおり,日本産科婦人科学会の本件見解において,体外受精の被実施者は婚姻している夫婦とされ,その解説において,体外受精を実施する病院は,被実施者が夫婦であることを確認するために戸籍を確認することが望ましいとされていたが,平成18年4月,この解説の記載が削除された。その趣旨は必ずしも明確ではないが,日本産科婦人科学会における議論の状況によれば,事実婚関係にある男女に対する生殖医療行為を容認する上記の日本不妊学会の本件見解の影響があることが窺われる(乙9の1~3)。なお,日本産科婦人科学会において,事実婚関係にある男女に対する体外受精が配偶者としての権利を侵害するおそれがあることや,それを防ぐための身分関係の調査義務等について議論がされた形跡はなく,この点について何らかの見解が発表されたことを認めるに足りる証拠はない。
・ そうすると,Bが本件クリニックを初めて訪れた平成21年1月から本件体外受精が終了した平成22年10月までの間,生殖医療行為を行う医療機関において,事実婚関係にある男女に対する生殖医療行為をすべきではないと考えられていたとはいえないし,また,これらの医療機関において,事実婚関係にある男女に対する生殖医療行為が配偶者としての権利を侵害する危険があることが認識されていたことや,その危険を回避するために被実施者に対して戸籍謄本等を提出させるなどして身分関係を確認する扱いが一般的に行われていたことを認めることはできない。
・ さらに,本件体外受精の前後を問わず,本件以外に,事実婚関係にある男女に対する生殖医療行為が配偶者の承諾なく行われた事例が存在したこと,それを被告が知っていたことを認めるに足りる証拠はない。
・ 以上の事実関係の下では,前記認定事実1(2)イのとおり,被告は,Bに対して問診を行い,Bから本件同意書の提出を受けた段階で,AとBが婚姻していないことを知ったことが認められるものの,だからといって,Aと原告が婚姻しており,本件体外受精が原告の権利又は利益を侵害することを予見することができたとはいえず,したがって,A及びBに対して戸籍謄本を提出させるなどして身分関係を調査する義務があったとはいえないから,それを怠ったことについて,被告に過失があったとはいえない。
(結論)
・ 原告の請求を棄却する。
平成18年2月2日付け「事実婚における本人同士の生殖細胞を用いた体外受精実施に関する日本不妊学会の見解」
http://www.jsrm.or.jp/guideline-statem/guideline_2006_01.html
したがって、日本不妊学会は、事実婚の不妊カップルに対する本人同士の生殖細胞を用いた治療を可能とするべきと考える。
平成26年6月(日産婦誌66巻8号1880頁)「『体外受精・胚移植/ヒト胚および卵子の凍結保存と移植に関する見解』における『婚姻』の削除について」
http://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=66/8/066081867.pdf
本会倫理委員会では,「体外受精・胚移植に関する見解」および「ヒト胚および卵子の凍結保存と移植に関する見解」において,その対象となる被実施者に関する項目にある「婚姻しており」との表現につき検討してきました.
「婚姻」という言葉は本来法律用語であり,法的に夫婦の関係にあるということを意味するものです.本会が昭和 58 年に公表した最初の「体外受精・胚移植に関する見解」では,当時の夫婦関係に関する社会情勢,嫡出子・非嫡出子の法律上の問題,体外受精・胚移植に対する社会的認知度を考え,被実施者の戸籍等により婚姻を確認することが望ましいとしておりました.
その後,体外受精・胚移植の一般化に伴い,平成 18 年に見解を改定した際には,「婚姻」という表現は残すものの,戸籍等の婚姻を確認できる文書の提出については削除されました.この改定は,不妊治療は産婦人科医療の重要な柱のひとつとして長く実施されてきたが,不妊治療は子供を希望する“夫婦”を対象とするものであり,不妊治療を求める男女にあらためて“婚姻関係”を確認するということをしてこなかった経緯があること,臨床の現場では現実的に医療従事者が不妊治療を求めてこられる方に対し,法的な意味での“婚姻”の厳密な確認を行うことには困難を伴うこと,またそこまで踏み込んだ問診,調査をすることは個人のプライバシーの尊重と不整合を生ずる恐れがあること,などが配慮されたものです.
その後 8 年余りが経過する中で,多くの医療施設ではすでに法的な婚姻の確認は行われなくなっています.また,社会情勢の変化により夫婦のあり方に多様性が増した結果,医療現場ではいわゆる社会通念上の夫婦においても不妊治療を受ける権利を尊重しなければならないのも事実です.「夫婦」という言葉を規定するのは国や社会全体と思われますが,本会が公表する見解においては,被実施者に関して「夫婦」である必要性を残すことにより,「婚姻している」とする表現を削除しても本医療は適切に実施できるものと判断されます.
このような観点から,対象となる被実施者に関する項目にある「婚姻しており」の表現を削除することが現時点において適当と判断し,このたび「体外受精・胚移植に関する見解」および「ヒト胚および卵子の凍結保存と移植に関する見解」についての変更案をまとめ,本会機関誌66巻4号ならびに学会ホームページにおいて提案し,会員の意見を聴取したうえでさらに審議をかさね,理事会に答申致しました.理事会(平成 26 年 5 月 31 日)ならびに日本産科婦人科定時総会(平成 26 年 6 月 21 日)はこれを承認しましたので,ここに会告としてお知らせ致します.
本会会員におかれましては,今回の改定の趣旨を十分ご理解のうえ遵守されることを望みます.
※なお、日本医師会『医師の職業倫理指針 第3版』(平成28年10月)31頁によれば、「現在、わが国における生殖補助医療(assisted reproductive technology;ART)には法規制がなく、日本産科婦人科学会の見解に準拠し、医師の自主規制のもとに実施されている。」
以上
【参考文献】
本文内にあげたもののほか、
・内田貴『民法Ⅳ 親族相続』(補訂版)東京大学出版会
・二宮周平『新法学ライブラリー=9 家族法』(第5版)新世社
・小島妙子・伊達聡子・水谷英夫『現代家族の法と実務 多様化する家族像-婚姻・事実婚・別居・離婚・介護・親子鑑定・LGBTI』日本加除出版
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