業務委託契約書のポイントや注意点とは?

世の中には、様々な内容の業務委託契約が存在します。売買契約や賃貸借契約等の典型的な契約ではない場合に、なんとなく「業務委託契約書」とタイトルをつけてしまうこともあるのではないでしょうか。

ビジネスではありふれている業務委託契約ですが、民法には業務委託契約という類型の契約についての定めはありません。そのため、契約書で定める条項が重要となります。

また、業務委託契約は、そのほとんどが民法の請負契約または委任(準委任)契約に分類されます。請負契約や委任契約は民法改正の影響も大きいので、今一度、業務委託契約書を見直す必要があります。

そこで、業務委託契約書のポイントや業務委託契約で注意するべき点を解説します。

 

【目次】

1 業務委託契約書のポイントとは?
⑴ 請負契約か委任(準委任)契約か?(契約の性質の問題)
⑵ 「契約の目的」を書く必要はある?
⑶ 報酬の支払時期はいつ?
⑷ 損害賠償条項はどのように定めるべきか?

2 偽装請負などの労働法上の問題に発展?
⑴ 偽装請負とは?
⑵ 個人事業主との業務委託契約も労働問題に?

3 下請法が問題となる場合とは?

4 業務委託契約書に関するご相談は当事務所へ

 

1 業務委託契約書のポイントとは?

(1)請負契約か委任(準委任)契約か?(契約の性質の問題)

前記のとおり、業務委託契約は、そのほとんどが民法の請負契約か委任(準委任)契約に分類されます。そして、いずれの契約に該当するかによって、適用される民法・商法の条文が異なってくることになります。その結果、契約書で定めた内容の結論が変わることがあります。

そのため、締結する業務委託契約が、請負契約であるのかそれとも委任契約となるのかということが重要になります。

ある業務委託契約が、請負契約と委任契約のどちらであるかは、委託する業務の内容が、仕事の完成か(=請負契約)、事務の処理か(=委任契約)によると一般的に考えられています。つまり、契約書の題名で決まるわけではありませんので、仮に「準委任契約書」というタイトルをつけていたとしても、その内容が仕事の完成という業務を委託するものであれば、請負契約となってしまいます。

この点、令和2年に施行された改正民法において、成果報酬型の委任契約(民法648条の2第1項)が新たに追加されたことにより、請負と委任の差異は小さくなりました。そのため、ある業務委託契約が請負契約と委任契約のいずれに該当するかの判断がますます難しくなりました。

もっとも、請負契約か委任契約かで全てが決まるわけではありません。契約の内容は、原則として当事者間で自由に決めることができ、当事者間で定めなかった事項のみ民法が適用されることになります。そのため、契約の内容を契約書でどこまで、どのように定めるかということが大切です。

なお、請負契約か委任契約かによって、印紙税の要否も変わります。請負契約には収入印紙が必要ですが、委任契約には不要です。

「業務委託契約だから」、「準委任契約書というタイトルだから」という理由だけで印紙を貼る必要はないと安易に考えると、後で印紙税を納付していないことを国税庁から指摘されるリスクがあります。国税局に契約の内容が請負契約であると判断されると、納付すべきであった印紙税額の3倍に相当する過怠税が徴収されてしまいますので注意してください。

最近では、コンビニエンスストア事業を営む株式会社ファミリーマートが、フランチャイズチェーン加盟店との取引に関する文書に必要な収入印紙を貼っていなかったことを東京国税局に指摘され、約1億5000万円の過怠税が徴収されたことが報道されています。

⑵ 「契約の目的」を書く必要はある?

契約書の第1条に、「契約の目的」が記載されている契約書を見ることが多いと思います。しかし、この「契約の目的」として、何をどこまで書けばいいのか悩むことも少なくないのではないでしょうか。

「契約の目的」を定める条項は、それだけで権利義務を発生させるものではありません。「契約の目的」に何を書けばいいのか分からなくなる理由はここにあります。

しかし、契約書の他の記載の解釈が問題となったときに、「契約の目的」に遡って判断されることがあります。つまり、「契約の目的」が契約書の文言を巡って紛争となったときに、解決の基準となるときもあります

例えば、業務委託契約では、業務を完了したときに報酬を支払うとされることがありますが、何をすれば業務を完了したと言えるのかが問題となることが少なくありません。この時に、「契約の目的」から当該業委託契約で行わなければならない業務の内容が解釈されることになります。ちなみに、業務の内容は、報酬の支払いだけでなく、損害賠償請求をするための「債務不履行や契約不適合の有無を判断するとき」にも問題となります。

このように、「契約の目的」がとても重要であることが分かります。

そして、業務の内容を解釈する時には、契約締結の背景締結に至った経緯が重要となりますので、「契約の目的」の中に盛り込んでおくべきです。

 

⑶ 報酬の支払時期はいつ?

業務を委託する当事者にとっても、受託する当事者にとっても、報酬の支払いは関心を持っています。特に、報酬の金額については、最大の交渉事項と言っても過言ではなく、業務委託契約書には報酬の金額が明確に記載されます。

しかし、報酬の支払時期についての記載には、注意が払われていない契約書も散見されます。

例えば、業務を完了したときに報酬を支払うことが定められてはいますが、何を行えば業務を完了したと言えるのかが明確でないことがあります。これは、上記⑵で触れた業務の内容が不明確であることにも関連します。

また、成果物を相手方当事者に引き渡すことが業務の内容となっている契約書においても、報酬を支払うのは成果物を納品したときなのか、相手が検収したときなのか、相手の支配エリアに引き渡したときなのかが不明確なものがあります。これは、「納品」や「検収」が法律上の用語ではなく、また、「引渡し」も含めて用語が区別されずに使用されてしまっていることが原因です。そのため、「納品」、「検収」、「引渡し」という用語をきちんと区別して使用し、報酬の支払時期を明確にすることが大切です。

なお、この引渡しなどの用語の区別は、報酬の支払時期だけでなく、危険負担や契約不適合責任の請求期間、履行提供側が債務拘束から解放されるときの判断などにも影響がある重要な事項です。

 

⑷ 損害賠償条項はどのように定めるべきか?

契約書では、リスクマネジメントとして、万が一トラブルが発生してしまったときのことも定めておく必要があります。トラブルが発生してしまったときの最終的な解決方法は金銭による賠償です。

そのため、ほとんどの契約書では、損害賠償請求に関する条項が定められています。

損害賠償請求については、民法でも定められていますので、契約書に損害賠償請求に関する条項がなくとも、債務不履行などがあれば損害賠償請求をすることができます。しかし、民法の損害賠償請求では、発生した損害の全てをカバーできないことも考えられます。そのため、民法で認められる範囲よりも広く損害賠償請求できるようにするために(逆に範囲を狭める場合にも)、契約書で定めておく場合があります。例えば、債務不履行により損害賠償請求をする場合、自分の弁護士費用は相手に請求できませんので、弁護士費用も請求したいと考える場合には、契約書で損害に弁護士費用を含むことを記載しておかなければなりません。

また、損害賠償責任を負ってしまう場合であっても、支払側にとって甚大な賠償額となり経営が傾いてしまわないように、損害額の上限を定めておくこともあります(システム会社ではこの方法を採用することが多いように思います)。さらに、損害賠償責任を負う場面を、故意または重過失がある場合に限定し、軽過失の場合には免除することを定めることもあります。

これらの条項を定める場合には、取引全体を俯瞰して、責任の全てを自身が負うことにならないかをチェックする必要があります。

例えば、下記の図のように、仕入れた原材料を加工して、販売している企業(A社)において、販売先(乙社)で原材料を原因とするトラブルが発生した場合に、発生した全ての損害を販売先(乙社)に賠償しなければならないことになっているにもかかわらず、原材料の仕入れ先(甲社)には一定額しか損害賠償できないこととなっていると、損害の一部を負担しなければならなくなってしまいます。

これは、一つの契約書をチェックするだけではリスクを把握することができず、取引全体を俯瞰しなければ把握できない典型例です。

 

 

2 労働法上の問題に発展?

⑴ 偽装請負とは?

業務委託契約では、実際に業務を実施する受託者の従業員との関係が問題となることがあります。

すなわち、委託者が受託者の従業員に対して、業務遂行について直接指示・管理してしまうと、偽装請負となってしまうという問題です。偽装請負に当たると、労働者派遣法違反となり刑事罰が課される可能性があります。また、委託者が受託者の従業員に対して直接雇用契約の申込みをしたものとみなされてしまう可能性があります(労働者派遣法40条の6第1項)。

適法な請負契約か、偽装請負(実質が労働者派遣)かの区別については、厚生労働省が基準を示しており、裁判所もこれを参照して判断しています(最近では、東リ事件(大阪高判令和3年11月4日があります。))。そのため、この厚生労働省の基準に照らして、偽装請負に当たらないようにする必要があります。

この厚生労働省の基準では、簡単に言うと、受託者の労働者に対する委託者の直接の指揮命令の有無がメルクマールとなっています。詳しくは、こちらのリンクから厚生労働省の基準をご参照ください。

https://www.mhlw.go.jp/content/000780136.pdf

なお、契約書において、偽装請負と指摘されないような内容にすることは当然ですが、実態が契約書に合っておらず、偽装請負となってしまっていることもあります。そのため、業務遂行の実態がその契約書の内容と齟齬のないよう注意して、偽装請負に該当しないようにする必要があります。

⑵ 個人事業主との業務委託契約も労働問題に?

偽装請負の問題は、企業間における業務委託契約での労働法の問題でした。これに対して、企業と個人との業務委託契約においても、同じように労働法の問題となることがあります。

すなわち、企業が個人事業主に対して業務委託を行ったけれども、その実態が雇用関係であることから、労働法が適用されてしまうという問題です。

これまでは、上記⑴の偽装請負が問題となることが多かったです。しかし、働き方の多様化で副業者・兼業者(フリーランスギグワーカーなど)が増えてきたことにより、個人事業主との業務委託と労働法の問題が増えてくることが予想されます。

 

なお、フリーランスとの業務委託が雇用契約となるかについては、委託者による業務遂行の指揮監督が重要な基準とされています。詳しくは、厚生労働省などが公表している「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」をご参照ください。

https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000759477.pdf

また、ギグワーカーの業務委託については、裁判例の蓄積が待たれますが、偽装請負やフリーランスと同様に、委託者による業務遂行に対する指揮監督がメルクマールになると考えられます。

最近では、東京都労働委員会が「ウーバー配達員」を労働組合法の労働者とする決定を出しました。これは中央労働委員会に行くかもしれませんし、確定した結論ではありませんが、労働者性についての実務が流動的になっていることを示していると思われ、要注意です。この事件の争点は、①ウーバー配達員が労働組合法上の労働者に当たるか、②ウーバー配達員と契約関係にあるウーバー・イーツ・ジャパン合同会社から業務委託を受けてサポート業務を行っていたウーバー・ジャパン株式会社も労働組合法上の使用者に当たるか、③ウーバー配達員の労働組合が申し入れた団体交渉に応じなかったことが正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか、の3点です。詳細は以下の東京都労働委員会のホームページをご確認ください。

https://www.toroui.metro.tokyo.lg.jp/image/2022/meirei2-24.html

 

 

3 下請法が問題となる場合とは?

一般的に、業務委託契約の受託者は、委託者に比べて企業規模が小さいことが多く、下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」といいます。)の適用がある場合が多いと考えられます。そのため、業務委託契約を締結する際には、下請法の適用があるか否かを確認し、適用がある場合には下請法に違反しないよう契約書の内容を確認する必要があります。

下請法の対象となる取引は、①製造委託、②修理委託、③情報成果物作成委託、④役務提供委託の4つで、それぞれの類型ごとに、親事業者と下請事業者の資本金の額によって下請法の対象が定められています(下請法2条7項)。これをまとめると、以下の表になります。

(中小企業庁公表「下請適正取引等の推進のためのガイドライン」10頁参照)

https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2014/140619shitauke.pdf

 

下請法が適用される取引では、以下のことが親事業者の義務とされ、また親事業者の禁止事項とされます。これらに違反した場合には、刑事罰や行政による勧告等の対象となることがあります。

下請代金の支払期日を定める義務 下請法2条の2
書面の交付義務 下請法3条
遅延利息の支払義務 下請法4条の2
書類の作成・保存義務 下請法5条
下請代金の減額の禁止 下請法4条1項3号

受領拒否の禁止 下請法4条1項1号
下請代金の支払遅延の禁止 下請法4条1項2号
返品の禁止 下請法4条1項4号
買いたたきの禁止 下請法4条1項5号
物の購入強制・役務の利用提供要請の禁止 下請法4条1項6号
報復措置の禁止 下請法4条1項7号
有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止 下請法4条2項1号
割引困難な手形の交付の禁止 下請法4条2項2号
不当な経済上の利益の提供要請の禁止 下請法4条2項3号
不当なやり直し等の禁止 下請法4条2項4号

 

以上については、公正取引委員会が公表している通達で詳しく解説されておりますので、こちらもご参照ください。

https://www.jftc.go.jp/shitauke/legislation/unyou.html

4 業務委託契約書に関するご相談は当事務所へ

以上のように、ビジネスで当たり前に締結している業務委託契約書も、法律的な観点から注意すべきポイントが多くあります。チェックをせずに締結してしまい、トラブルが発生したときに予期せぬ損害を被る可能性もあります。

当事務所では、契約書審査(リーガルチェック・レビュー)を取扱分野の一つの柱として重視しております。弁護士が、法律の専門家として業務委託契約書をリーガルチェックし、企業が予期せぬ損害を受けないようにいたします。そのため、企業の皆様には、弁護士のリーガルチェックを踏まえて、ビジネスを進めていただくことができます。

業務委託契約書で気になることがありましたら、当事務所へご相談ください。

なお、当事務所では、顧問契約とは別に、契約書審査に特化したアウトソーシングプランを用意しております。すでに顧問弁護士がいらっしゃる企業様も、こちらのアウトソーシングプランをご利用いただけます。詳細は、以下のページをご覧ください。

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NDA(秘密保持契約)で注意すべきことは?

NDA(秘密保持契約)は、様々な取引の場面で締結されており、企業法務においてありふれた契約の一つとなっています。このことから、契約書ひな型を利用して、深く検討せずに契約を締結していることが少なくないように思います。

しかし、NDAは、企業の重要な財産である秘密情報を守る契約です。NDAの内容が不適切な場合には、秘密情報を守ることができず、企業の損害となってしまうかもしれません。また、思いもかけずに相手方からNDA違反を指摘されて、甚大な損害賠償責任を負わなければならなくなってしまうかもしれません。
これらの事態を回避するために、NDAのポイントを押さえておきましょう。
なお、一般的なビジネス契約書に関する注意点については、こちらの記事をご参照ください。

【目次】

1 NDAのポイントとは?

  ① 秘密情報の定義が適切か
  ② 秘密保持義務が解除される場合とは?
  ③ 目的外使用の禁止の意義は?
  ④ 複製物の取扱いは定めておかなければならない?
  ⑤ 秘密情報の返還・破棄を定めていなかった場合のリスクとは?
  ⑥ NDAの契約当事者は誰か?
  ⑦ 損害条項で注意することとは?
 2 NDAと個別契約で秘密保持義務条項を定めることに違いはありますか?
 3 不正競争防止法の「営業秘密」とはどのような関係になりますか?
 4 NDAに関するご相談は当事務所

 

1 NDAのポイントとは?

ここでは、NDAを締結する際に抑えておくべきこととして、7つのポイントを解説します。

① 秘密情報の定義が適切か

(1)NDAでは、秘密情報を第三者に開示・漏えいしてはならないとする秘密保持義務を主な内容としています。

しかし、この秘密情報という言葉は、法律で定義付けされたものではありません。そのため、秘密保持義務の対象となる秘密情報は何を指しているのかということを、各契約で明確に定義付けする必要があります。
この定義付けで、企業が守りたいと考えている情報が含まれるようにしておかなければ、その情報をNDAで守ることができなくなってしまいます。そのため、この秘密情報の定義をどのように定めるかということは、NDAにおいてもっとも重要と言っても過言ではありません。

(2)秘密情報の定義として、「契約当事者の一方が相手方当事者に開示する一切の情報」とするように、包括的な定義をすることがあります。

これは、情報を開示する側(以下、「情報開示者」といいます。)からすれば、開示する際に秘密情報に該当するか否かを判断する必要がなくなり、開示するすべての情報が秘密情報として保護されることになります。そのため、一般的に、情報開示者に有利な定め方と言えます。

他方、情報を受領する側(以下、「情報受領者」といいます。)からすれば、開示された情報の全てを秘密情報として管理しなければならなくなり、負担が増えることとなります。そのため、このような包括的な定義付けは情報受領者が受け入れられないこともあります。

このような理由から、包括的な定義を定めるのではなく、秘密情報を一定のものに限定した定義を定めることも少なくありません。例えば、「契約当事者が相手方当事者に対して開示する情報のうち秘密である旨を表示したものを秘密情報とする。」と定義する場合があります。このような定義であれば、何が秘密情報となるかも明確ですし、秘密情報の範囲も限定できますので、契約当事者は受け入れやすいものと言えます。
もっとも、このような定義とした場合には、情報開示者は、秘密である旨の表示を失念しないよう注意する必要があります。秘密である旨の表示を忘れてしまうと、どんなに重要な情報であっても、NDAで守ることができなくなってしまうためです。

(3)さらに、場合によっては、契約当事者の一方が開示する情報だけでなく、NDA自体や取引交渉の存在、その内容も秘密情報に含めることもあり得ます。

特にM&Aなどの場面では、このような取扱いをすることが多いように思います。

② 秘密保持義務が解除される場合とは?

秘密情報は、個別契約の締結や継続的取引という目的のために開示されるものです。そのため、これらの目的に必要な範囲で秘密情報を利用できなければ、開示する意味がなくなってしまいます。

そこで、秘密保持義務の例外として、情報受領者やグループ会社の役員、従業員、弁護士、公認会計士、税理士、アドバイザーなどに秘密情報を開示できるよう定めておく必要があります。この点、情報受領者の役員や従業員に開示できるのは当然と考える方が多いと思います。しかし、役員・従業員は、秘密保持義務を負う企業とは別人であり、法律上は開示してはならない第三者に該当します。そのため、役員や従業員に秘密情報を開示できることを、NDAで明確に定めておくことが必要です。
また、M&Aの場面では、登場人物が多数となることから、特に、情報受領者を厳格に特定して定めることが多いです。
さらに、NDAの目的である取引において、金融機関から融資を受ける予定である場合には、この金融機関に対して秘密情報を開示できることを定めておく必要があります。
なお、これらの第三者についても同様の秘密保持契約の締結が要請され、漏洩した場合には契約当事者(NDAの契約当事者である企業)の責任とする旨が定められることが多いです。

③ 目的外使用の禁止の意義は?

NDAで秘密情報を守るためには、第三者への開示・漏えいを禁止するだけでは足りません。第三者への開示・漏えいを禁止しただけだと、情報受領者は、秘密情報を自身の中で自由に使用することができてしまうためです。
例えば、競業関係にある他社と共同研究するためにNDAを締結して情報を開示する場合、開示した秘密情報を共同研究に使用せずまたは共同研究に使用しつつ、情報受領者単独の事業に利用されることはあってはいけません。
これを回避するためには、秘密情報をNDAの目的以外に使用することを禁止する必要があります。
つまり、この目的外使用の禁止のためにも、NDAの目的を明確に定めておくことはとても重要になります。

④ 複製物の取扱いは定めておかなければならない?

NDAにおいて複製を禁止する定めを置かなければ、秘密情報を複製することは自由となります。実際の取引においても、NDAの目的である取引を行うためには、秘密情報を複製することが必要なことも少なくないと思います。
しかし、複製されることにより、秘密情報が第三者に漏えいする危険性が高まってしまいます。
そのため、企業にとって重要な価値のある秘密情報を開示する場合には、情報受領者による複製を禁止し、例外的に承諾した場合に限り複製を許すという内容の条項を定めておくことも考えられます。

なお、秘密情報を複製した物が秘密情報に含まれるか否かは、秘密情報の定義付け次第です。そのため、複製した物が秘密情報に含まれるか否かという観点からも、秘密情報の定義付けを検討する必要があります。

⑤ 秘密情報の返還・破棄を定めていなかった場合のリスクとは?

NDAによる秘密保持義務は、契約期間が終了したときまたはNDAで定めた有効期間が終了したときまでです。この期間が過ぎてしまうと、情報受領者は秘密情報を第三者に開示することができてしまいます。
しかし、情報開示者としては、むやみに第三者に開示されることは避けたいと思われることも少なくないのではないでしょうか。この点、開示した秘密情報を返還・破棄しておけば、情報受領者から第三者に開示されることを事実上防ぐことができると言えます。
また、不必要となった秘密情報を情報受領者に残しておくことは、情報漏えいのリスクを高めることにもなります。情報漏えいのリスクを低くするためには、不必要となった秘密情報は返還・破棄できるようにしておく必要があります。
他方、情報受領者としても、秘密情報を返還・破棄することとしておけば、契約期間終了後に情報漏えいが生じたとしても、責任を問われるリスクを減らすことができます。
これらの観点から、NDAでは、契約期間が終了したときや情報開示者が求めたときに、秘密情報を返還・破棄するという内容の条項を定めておくことが重要です。

なお、秘密情報の返還・破棄を定めていた場合でも、返還・破棄を行うことが難しいことなどから、実際には返還・破棄していないことも少なくないようです。この場合、契約書の条項が実際の運用と合っていないことがクローズアップされてしまい、NDAの拘束力が弱まってしまう可能性があります。
そのため、秘密情報を返還・破棄する必要性がそれほど高くない場合には、秘密情報の返還・破棄の条項を削除することも選択肢の一つとなります。

⑥ NDAの契約当事者は誰か?

M&Aや共同開発研究等、NDAの目的である取引が3名以上の当事者により行われる場合、NDAの当事者に注意する必要があります。
具体的には、秘密情報を受領する可能性がある者が複数いる場合に、秘密保持義務を負う情報受領者に漏れがないかを確認しなければなりません。
特に、グループ会社が情報を受領する可能性がある場合には、情報を受領する可能性のあるグループ会社がNDAの契約当事者に含まれている必要があります。
グループ会社が実際には秘密情報を受領するが、そのグループ会社はNDAの契約当事者にはなっていない、という場合は注意が必要です。秘密保持義務を負わせるためには、義務を負わせたい者の全てをNDAの契約当事者とする必要があります。先ほどの場合は、情報を受領するグループ会社を必ず契約当事者にしてNDAを締結するようにして下さい。

⑦ 損害条項で注意することとは?

⑴ 秘密保持義務違反があった場合、損害賠償請求をすることができます。
この時に請求できる損害は、原則として民法416条に従うこととなります。民法416条が定める損害よりも請求できる範囲を広げたい場合や逆に制限したい場合には、NDAでその内容を定めておく必要があります。これは、他の契約書と同じ考え方です。
⑵ これに対して、NDA特有の問題点があります。それは、秘密保持義務違反を理由に賠償請求する損害額の算定が困難であるということです。これは、秘密情報の価値の評価が難しいことや、秘密情報が漏えいしたことにより企業に生じた損害を計算することが困難であること、また、損害について秘密情報が漏えいしたことによって生じたといえるか(相当因果関係)の立証が困難であることなどが理由です。
NDAと同様に、営業秘密の漏えい等について損害賠償請求を認めている不正競争防止法は、その5条で損害額の推定を規定していますが、NDAにはこの適用はありません。そのため、秘密保持義務違反があった場合の損害額をあらかじめNDAで定めておくことが考えられます(賠償額の予定(民法420条1項))。これにより、秘密保持義務違反があった場合には、損害額を証拠によって立証することなく、定めていた損害額の賠償を得ることができます。もっとも、契約ですから相手方が同意しなければ締結できませんし(高額の賠償額の予定は成立しにくい)、賠償額が低い場合は秘密情報の漏洩の抑止力にならないという問題があります。

⑶ 仮に秘密保持義務違反により発生した損害額が、あらかじめ定めていた損害額よりも高額となってしまった場合には、その差額分は請求できなくなってしまいます。そこで、損害額を定める場合には、実際に発生した損害額がこれを超えた場合にはその超えた部分についても賠償請求することができる旨をNDAで定めておくことも可能です(双方の同意に基づく契約ですから、相手が内容に同意した場合に限ります。)。

2 NDAと個別契約で秘密保持義務条項を定めることに違いはありますか?

契約で相手方に秘密保持義務を負わせる方法としては、NDAを締結する方法と、個別契約の中の条項のひとつとして秘密保持義務に関する条項を定める方法の2つがあります。
いずれの方法であっても、法律上の効力に差異はありません。
しかし、契約を締結する時期との関係で、実務上の差異が生じる可能性があります。これは、契約を締結した時点で、秘密保持義務が発生することから生じるものです。

具体的には、NDAではなく個別契約で秘密保持義務を定めた場合、原則として個別契約の交渉段階で開示した情報は秘密情報に含まれません。秘密情報の定義において、個別契約の交渉段階で開示した情報も秘密情報に含むと定めた場合には、秘密情報に含まれることになります。しかし、個別契約の締結前にすでに第三者に開示・漏えいしてしまっていた場合には、そのことをもって秘密保持義務違反と主張することはできないと考えられます。
特に、契約締結の交渉段階で重要な情報を開示する必要がある場合には、個別契約の交渉に入る前に、NDAを締結しておかなければなりません。例えば、M&Aでは、交渉開始の前にNDAを締結することが通常です(M&AではNDAのときから既に契約交渉が始まっている、という言い方もできます)。

3 不正競争防止法の「営業秘密」とはどのような関係になりますか?

NDAの秘密情報と類似のものとして、不正競争防止法の「営業秘密」があります。
しかし、NDAの秘密情報と不正競争防止法の「営業秘密」は重なる部分はありますが、一致するものではありません。
NDAの秘密情報は、NDA自体で定義付けをすることができます。他方、不正競争防止法の「営業秘密」は、不正競争防止法2条6項で3つの要件が定められており、この要件を満たすもののみが「営業秘密」として保護されます。この「営業秘密」の要件は、ハードルがとても高く、裁判でも「営業秘密」の該当性が問題となることが多いです。
しかし、「営業秘密」の3つの要件を満たさない情報であっても、企業として価値があり、秘密としておきたい情報も存在します。このような情報を保護することに、NDAを締結する意義があります。

なお、不正競争防止法の「営業秘密」については、こちらの記事もご参照ください。

4 NDAに関するご相談は当事務所へ

繰り返しになりますが、NDAは、企業の重要な財産である秘密情報を守る契約です。目にする機会が比較的多い契約書だからと言って、安易に締結することには注意が必要です。
当事務所では、契約書審査を取扱分野の一つの柱として重視しております。弁護士が、法律の専門家としてNDAをリーガルチェックし、企業の重要な情報を守ります。そのため、企業の皆様には、弁護士のリーガルチェックを踏まえて、ビジネスを進めていただくことができます。
NDAで気になることがありましたら、当事務所へご相談ください。
なお、当事務所では、顧問契約とは別に、契約書審査に特化したアウトソーシングプランを用意しております。すでに顧問弁護士がいらっしゃる企業様も、こちらのアウトソーシングプランをご利用いただけます。詳細は、以下のページをご覧ください。

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契約書はなぜ重要なのか?弁護士にチェックしてもらった方が良いのか?

Q1 ビジネスにおける契約書の重要性とは?

A1 

紙の契約書を作成しなくても、当事者間の合意があれば契約は成立します。そのため、契約を締結するために、契約書を必ず作成しなければならないというわけではありません。

しかし、トラブルが発生したときなど、後から合意内容が問題となることがあります。この時に契約書がないと、合意内容を後から確認することが困難となります。特に契約の担当者が退職していたりして、契約締結当時のことを知る人が社内にいないときには、合意内容を確定することができなくなってしまいます。

そのようなことを避けるために、客観的な証拠として契約書を作成しておくことが重要です。

 

一度トラブルが生じると、損害賠償責任を負うこととなったり、そうでなくともビジネスがストップしてしまったりすることで、企業に損失が生じてしまいます。そのため、契約書を作成してトラブルに備えることは、企業のリスクマネジメントとしても重要です。

また、契約書を作成することは、トラブルを避けるためだけでなく、当事者間の認識に齟齬がないかを確認する意味もあります。これは、ビジネスを円滑に進めていくために非常に重要なことです。

Q2 契約書のリーガルチェックを行わなかった場合のリスクは?

A2

1 契約書を作成していたとしても、その内容によっては、トラブルを避けることができないこともあります。

法律の世界では、「契約自由の原則」があり、基本的に当事者間で契約内容を自由に決めることができます(民法521条2項)。そして、決めた内容に当事者は拘束されます。

しかし、この契約自由の原則も、無制限に認められているわけではなく、法令の制限内でのみ認められる原則です。

具体的には、契約書のある条項が、独占禁止法や下請法、借地借家法、労働法、消費者保護法などの強行法規に違反する場合、その条項や契約自体が無効となってしまいます。その結果、契約により目的としていたものが得られなくなってしまったり、損害賠償責任を負わなければならなくなったりすることもあります。

2 例えば、企業と消費者との取引(BtoC)では、公序良俗が問題となることが多く、特に労働法の分野でその傾向が顕著となっています。経営者の方の中には、従業員から合意書に署名や押印をもらえば、賃金の減額や残業代の放棄などを行うことができると考えている方がおられます。しかし、裁判所は、会社が従業員に内容を説明して、従業員が合意書に署名や押印をしていたとしても、その合意書を無効と判断することが良くあります。

退職金の減額に関する労働者の同意が問題となった山梨県民信用組合事件の最高裁判決は、要約すると、退職金減額を受け入れる旨の労働者の行為があったとしても、直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当ではなく、労働者の自由な意思に基づいて当該行為がなされたといえる合理的な理由が客観的に存在しなければならないと判断しています(最判平成28年2月19日労判1136号6頁)。これは要約ですが、この最高裁判例は実務に大きな衝撃を与えたものですので、以下のリンク(最高裁判所の「裁判例検索」が公表しているもので、下線も最高裁判所が付したものです。)から原文をご確認いただくことをお勧めいたします。

 ?最高裁判所「裁判例検索」
平成25年(受)第2595号 退職金請求事件
平成28年2月19日 第二小法廷判決 全文 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/681/085681_hanrei.pdf

 

また、企業間の取引(BtoB)では、独占禁止法や下請法などの特別法によって制限が設けられており、これらに違反した場合には契約当事者の押印等があったとしても無効となってしまいます。

そこで、契約の内容が法律に抵触しないようにするために、きちんとリーガルチェックを行う必要があります。

 

3 また、契約書で記載されている言葉は、日本語のことが多いですが、日常用語とは異なります

これは、契約書が、後から裁判官などの第三者が読むことを想定しているためです。すなわち、契約当事者ではない第三者が読んでも意味が伝わるように、用語のルールが必要なのです。

裁判官(弁護士もですが)は、法律の専門家ですが、業界の専門家ではありません。一部の業界では当たり前となっている業界用語を使用していた場合には、裁判官などの第三者に意味が伝わらないことが起こり得ます。例えば、貿易船に商品を積み込んで引き渡した時点で売主の引渡義務が完了することを意味する「FOB(Free on Board)」などの業界用語は、用語を説明しなければ裁判官に伝わりません。

また、契約交渉を行った担当者間では特定の意味を指していた単語が、一般的な用法ではなかったために、後日文言の解釈を巡ってトラブルとなってしまうこともあります。これは、当事者間では気づきにくい問題ですから、注意が必要です。

そのため、第三者が読んだ場合にも、当事者が意図している内容で読むことができるのか、意図していない内容に解釈される可能性がないかという観点からも、リーガルチェックをする必要があります。

 

客観的な証拠として契約書を作成したにもかかわらず、上記のことからトラブルを避けることができなくなってしまうと、契約書を作成する意味がなくなってしまいます。このようなことを避けるためにも、リーガルチェックは必須と言えます。

 

Q3 契約書のリーガルチェックを弁護士に依頼するメリットは?

A3 

1 弁護士は法律の専門家です。

契約書は、民法や商法等の基本的な法律だけでなく、その業種や取引に適用される特別法を抑えておかなければなりません。

見落としを防ぐためにも、法律の専門家である弁護士に契約書のリーガルチェックをお勧めします。

2 また、契約書だけで全てのトラブルを避けることはできません。ビジネスのためにはリスクを取って契約を締結するという選択をすることがあります。しかし、ビジネスに見合わない、会社の存続にかかわるようなリスクは回避したいと思うのが通常です。

そこで、弁護士が、法的な観点から考えられるリスクを調査し、契約書に潜むリスクを洗い出すことで、リスクマネジメントを踏まえた経営判断を行うことが可能となります。契約上のリスクについて、法律の専門家の意見を踏まえて具体的に検討することができます。

なお、単発のリーガルチェックは、顧問契約の場合と比べて、弁護士が把握できる情報が限定的であるため、上記のようなリーガルチェックを行うことが難しいこともあります。このことは契約書のリーガルチェックに限りませんが、企業のことをよく理解して初めて、丁寧かつ高度なリーガルサービスを提供することができます。

さらに、その結果トラブルが生じてしまった場合であっても、契約書のリーガルチェックを行った弁護士であれば、すぐにトラブルに対応することが可能となります。特に、顧問契約を締結していれば、企業の内情をあらかじめ把握していますので、より迅速かつ適切に対応することができます。

当事務所は、契約書業務に力を入れており、高品質かつ迅速な契約書審査を目指しております。

表面的なチェックではなく、企業の事情や取引の実情、相手方企業との関係等を十分にお聞きした上で、企業に適したご提案をしております。

また、契約書の一部について少し気になるといったことでもご対応しております。

お手元の契約書について、少しでも気になることがございましたら、当事務所までお問い合わせください。

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経営権に関するリスクマネジメントとは?

1 社長がうつ病などのメンタルヘルス問題を抱えてしまったら、会社はどうなる?

 ⑴ 中小・中堅企業では社長の健康=会社の経営状態

厚生労働省が公表している精神障害の労災補償状況によりますと、精神障害を理由とする労災補償の請求件数や支給決定件数が年々増加しています。
一般的に、労災保険に加入するのは労働者ですが、経営者である社長も、メンタルヘルスや健康問題と無縁ではありません。

特に、中小・中堅企業では、営業も経理も人事も全て社長が主導し、細部まで指示しながら経営することが少なくありません。中小・中堅企業の社長は、いわばオールラウンドプレーヤーと言えます。

このような特徴から、長時間の活動が必要となり、慢性的に疲労を蓄積してしまいます。これに加齢も加わることで、三大成人病やうつ病などの精神疾患を発症してしまう危険性があります。
それにもかかわらず、中小・中堅企業の社長の多くは、「オレは大丈夫だ」と過信して健康診断を長年受けていなかったりすることも多いのではないでしょうか。
その結果、経営者である社長が突然重病となり、会社経営が傾いてしまう事例も存在します。

中小・中堅企業においては、会社=社長(経営者)であることから、社長の健康問題が会社の経営に直結してしまいます。
ひとたび社長の健康問題が起こると、それまでの力強い経営ができなくなり、会社の収益力・体力・実力が急低下してしまいます。
そのため、会社経営のリスクマネジメントとして、社長の健康管理が必須となります。

⑵ 会社の意思決定にも影響がある?

社長が会社の株式を保有している場合には、会社法の観点からも問題が生じます。
例えば、社長が100%株式を保有している場合、その社長が脳梗塞等で認知機能が低下して単独で意思表示ができなくなったときは、その会社は会社法上の適法な意思決定ができなくなってしまいます。これは、うつ病などのメンタルヘルスでも同じ問題となります。
ここでは、社長以外の株主だけで、役員選任議案の定足数を満たすことができるか否かが法的なポイントになります。社長以外の株主でこの定足数を満たせば、定足数内の過半数の賛成により株主総会の決議が成立し、新たな役員を選任することができるためです。

なお、法律上は成年後見人制度・任意後見人制度という方法は存在しますが、企業経営上は非常に厳しい状況になります。仮に成年後見人が就いたとしても、成年後見人は法律的に問題ないかという視点や経営者本人の経済的利益となるかという視点からしか判断できません。また、成年後見人は、会社経営の専門家でもないため、それまでの経営者と同じように経営判断を行うことも期待できません。このような場合には、成年後見人が経営者の代理人となり、経営者が保有している株式を譲り受け、別の経営者へ移行していく必要があります。)

以前は、成年被後見人等であることは取締役の欠格事由とされていましたが、会社法改正により、成年被後見人等も取締役に就任できることとなりました(会社法331条の2参照)。もっとも、判断能力が低下していることには変わりませんので、適切に取締役としての業務執行を行うことができるかを慎重に判断しなければなりません。

 

2 会社の社長が亡くなってしまったら、会社はどうなる?

⑴ 社長の交代により会社経営に影響が生じる

社長が亡くなってしまった場合、取締役を終任することになります(会社法330条、民法653条1号)。その結果、代表取締役や取締役が欠けることになった場合には、新たに代表取締役や取締役を選出しなければなりません。
中小・中堅企業の場合、社長の能力や人柄、人脈によって会社を経営していることが多く、社長が変わってしまうと、会社の経営に大きな影響を及ぼすことになります。
特に、社長が急に亡くなってしまい、新たな経営者に引き継ぐ期間がなかったような場合には、会社の存続にもかかわることも少なくありません。
これは、まさに後継者問題であり、事業承継の問題でもあります。
万が一の場合に備えて、常日頃から後継者や事業承継のことも考えておくことが重要です。

⑵ 株式の問題も発生することも

さらに大きな問題となるのは、代表者が会社の株式を保有していた場合です。
株式を保有している社長が亡くなると、原則として、保有していた株式は相続人に相続されます。
この時に、例えば子の一人が会社の新たな社長となり、この人が株式を取得することについて他の相続人が同意すれば、紛争となることはありません。
しかし、すべてのケースで、このような解決となることは残念ながら期待できません。
株式を誰が取得するかについて、相続人間でもめてしまった場合には、交渉が難航し、最終的には遺産分割調停・審判によらなければならなくなることもあります。
その間は、相続人間で株式を共有することとなり、株主総会での議決権行使も相続人の持分の過半数が代表者を選ばなければ行使することができません(会社法106条)。そのため、場合によっては相続人による議決権行使ができず、株主総会の決議ができないこともあり得ます。
なお、株主の相続と権利行使については、こちらのページ をご参照ください。

⑶ 社長の相続問題は会社のリスクマネジメント

このようなことを避けるためには、社長があらかじめ遺言書を作成し、株式を相続する人を定めておくことが必要です。
遺言書を作成しておけば、遺留分という問題は残りますが、金銭で解決することができ、株式には影響しません。
遺言書を作成しておらず、急に大きな病気が発覚した場合に、遺言書の作成を周囲の人間から言い出すことは現実問題として難しく、社長に反発されてしまうことも考えられます。
そのため、あらかじめ遺言書を作成しておくことが重要です。これは、会社を守るために経営者に求められるリスクマネジメントです。

なお、その時の状況によって、遺言書に書きたい内容が変わることもあります。そのような場合には、新たに遺言書を作成して、前の遺言書を破棄すれば良いのです。遺言書は何度でも書き直すことができます。
また、会社関係のことに限定した内容の遺言書を作成することもできます。個人の財産についての遺言書はまだ書くことができないとしても、会社に関する財産についてのみ先に遺言書を作成することができます。
実際に、毎年1回、遺言書を作成しておられる経営者の方もおられます。
当事務所でも、経営者の方からそのようなご依頼を受けて、遺言書を作成しております。遺言書についてお悩みの経営者の方は、ぜひ当事務所へご相談ください。

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不正競争防止法の営業秘密とは?

大手回転寿司チェーン店を運営する会社の前社長が営業秘密を不正に持ち出したとして不正競争防止法違反の罪で逮捕されたという報道がありました。

営業秘密の侵害については、不正競争防止法という法律が、民事責任(損害賠償請求や差止請求など)や刑事責任(懲役刑や罰金刑)を定めています。

そして、近年は、この事件のように企業から営業秘密が漏えいして民事裁判や刑事裁判となることが増えています。

近年は転職する人が増えており、前職の経験や知識を活かして転職が行われることから、営業秘密が漏えいする可能性が大きくなってしまいます。

また、最近推進されている副業・兼業も、本業の経験や知識を活かして行われることが多いことから、営業秘密が漏えいしてしまうリスクが大きくなっています(なお、副業・兼業についてはこちらのページ もご覧ください。)。

他方で、いったん営業秘密が漏えいしてしまうと、被害の回復が困難であることも多いのが実情です。

そのため、営業秘密が不正に持ち出されて、企業に甚大な損失が生じないように対策することが求められています。

故意に営業秘密を持ち出されないようにすることは当然のことです。しかし、社員が営業秘密と認識していなかったため誤って持ち出されてしまったというような場合でも、情報管理がずさんであるなどとして社会的信頼を失い、レピュテーションリスクが発生してしまうことにもなりかねません(報道によれば、大手回転寿司チェーン店運営会社の前社長も、任意の取調べで「大した情報ではない」と供述しているようです。)。

また、他社の営業秘密を持ち込まれてしまい、他社と訴訟トラブルとなってしまうこともあります。そのため、他社から営業秘密を侵害したと言われないようにすることも必要です。

Q1 営業秘密とは? 企業の注意点とは?

営業秘密を守ために企業はどのような点を注意すればいいのでしょうか。

A1

 営業秘密を守るためには、まずは不正競争防止法の営業秘密(以下、「営業秘密」といいます。)に該当するようにすることが重要です。

企業の保有している情報のすべてが、この営業秘密に該当するわけではなく、以下の3つの要件を満たすものだけが営業秘密として保護されます。

秘密管理性 秘密として管理されていること
有用性 有用な技術上または営業上の情報であること
非公知性 公然と知られていないこと

 

この3つの要件の中で、特に①秘密管理性が重要です。

 秘密管理性が認められるためには、情報を扱う社員等にとってその情報が秘密であることが分かる程度の措置をとらなければなりません。

具体的には、その情報に「マル秘㊙」と記載したり、情報にアクセスできる社員を制限したり、秘密保持契約で対象となる情報を特定したりすることが考えられます。

これは、営業秘密として保護されるためには、企業がきちんと管理しておかなければならず、管理が不十分な場合には保護されないということを意味しています。

もっとも、社員数の少ない中小企業では、厳重な情報管理を行うと、業務に支障が出ることも考えられます。

法律も、完ぺきな情報管理を要求しているのではなく、その企業の規模などに応じた適切な情報管理を求めていると解されています。

すなわち、これをしておけば営業秘密として保護されて安心だという確実なものはなく、企業の状況に応じた情報管理体制を考えなければなりません。

 営業秘密として保護されるための最低限の対策については、経済産業省が公表している「営業秘密管理指針」にまとめられています。

また、より高度なものも含めた包括的な対策については、同じく経済産業省が公表している「秘密情報の保護ハンドブック」にまとめられています。

これらの資料を参照しながら、適切な情報管理を行ってください(本記事もこれらの資料を参考として作成しています。)。

 

Q2 社員が退職するときの注意点とは?

これまで企業の中心的な立場として業務していた社員が退職することとなりました。この社員は、企業の重要な営業秘密を扱っていたので、営業秘密が不正に持ち出されないようにしたいのですが、どのようにすればいいのでしょうか。

A2

 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が令和2年度に実施した調査によると、営業秘密の漏えいルートは、中途退職者(役員・正規社員)による漏えいの割合が36.3%とトップとなっています(なお、現職と退職者を含めた役員・従業員を通じた漏えいは8割を超えています。)。

このデータからも、社員が退職する際には、営業秘密が漏えいしないよう対策を講じる必要性が高いことが分かります。

【IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査実施報告書」より引用】

 退職者との関係での営業秘密漏えい防止策として、まずは、退職時に遅滞なく退職者が情報にアクセスできなくすることが必要です。また、退職者の業務内容によっては、退職前であっても、順次アクセスできる情報の範囲を狭めていくことも考えられます。

次に、必要に応じて、情報へのアクセスのログを集中的に確認し、おかしなアクセスがなされていないかも確認します。

また、退職者の営業秘密に対する認識を向上させたり、言い逃れを防止させたりすることで、営業秘密の漏えいを防止することもできます。すなわち、退職時に、退職者と秘密保持契約や競業避止義務契約を締結することで、改めて退職者に対して営業秘密を認識させることができます(ただし退職者にはこのような契約を締結する義務がないことが一般です)。

さらに、退職者に対して適切に退職金を支払い、円満に退職させて信頼関係を持続させることで、副次的な効果として営業秘密の漏えいを防止することもできます(経産省の「秘密情報の保護ハンドブック」80頁もこの点を指摘しています。)。

 上記の事項は、退職者の退職時における企業の対策ですが、その前提として、通常時から情報管理を適切に行うことも重要です。

特にテレワークが普及し、物理的に社外へ情報を持ち出すことが多い企業では、退職時に上記の対策を講じたとしても、それよりもずっと前に営業秘密が持ち出されてしまっているということも考えられます。

そのため、常日頃から、適切な情報管理を行うことが重要です。

 

Q3 競業他社の退職者を中途採用するときの注意点とは?

競業他社の退職者を中途採用した場合に、競業他社から営業秘密を侵害したと言われトラブルに巻き込まれてしまうことがあると聞きました。そのようなトラブルを避けるためには、どのようなことに注意すればいいのでしょうか。

A3

 最初に説明したとおり、転職者が増えている現代社会において、競業他社の退職者を即戦力として中途採用することは珍しくありません。

しかし、健全に事業活動を行っている企業であっても、競業他社の退職者を中途採用したことを契機として、競業他社から嫌がらせ目的で営業秘密侵害として訴えられるリスクが発生してしまいます。

そのようなときに企業の身を守れるよう、あらかじめ対策しておくことが重要です。

 転職者が持ち込む情報の中に、前職の企業の営業秘密が含まれている場合には、企業が企業秘密であることを認識していなかったとしても(故意がなかったとしても)、重大な過失がある場合には、不正競争防止法違反として民事責任を負う可能性があります。

そこで、企業としては、以下の対策を講じることが考えられます。

① 転職者の前職との契約関係の確認

転職者を中途採用する際に、前職での就業規則や秘密保持義務契約書、ヒアリングにより、前職に対して転職者が負っている秘密保持義務や競業避止義務の有無、内容を確認します。

② 中途採用時における誓約書の取得

中途採用時に、前職の営業秘密を持ち出しておらず、持ち込まないことなどを内容とする誓約書を転職者に作成してもらいます。

これにより、転職者への注意喚起となるとともに、重大な過失がないことの根拠の一つとすることができます。

③ 採用後の管理

①や②を行ったとしても、営業秘密が持ち込まれてしまう可能性を完全に排除することはできません。そのため、採用後の業務について、定期的に確認することも重要です。

 また、企業が保有している情報が、他社から持ち込まれたものではなく、真に独自のものであると立証できるようにしておくことも重要です。

この立証ができれば、仮に他社から営業秘密侵害として訴えられたとしても、正当に保有している情報であることを明らかにすることができます。

具体的には、情報の作成・取得過程や更新履歴などを記録して保管することになります。

 

Q4 営業秘密に関して、弁護士に頼めることはありますか?

A4

営業秘密をどのように活用するかということは、技術的かつ経営的な問題です。

しかし、営業秘密をどのように守るかということやトラブルに巻き込まれることを未然に防ぐにはどうすればいいかということは、法律的な問題ですので、弁護士の力が必要となります。

当事務所は中小企業・中堅企業の実情をよく理解しています。そのため、中小企業・中堅企業の実情に即した情報管理に関するアドバイスを行うことができます。

情報化社会において、営業秘密は企業の貴重な財産であり、企業の発展のためにも、営業秘密の管理は重要課題です。

これを機会に、今一度営業秘密の管理状況を見直していただき、少しでも不安を感じたら当事務所へご相談ください。

 

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副業・兼業の注意点とは?

Q1 従業員からの要望もあり、これまで禁止していた副業・兼業を認めることにしました。副業・兼業を認めるにあたって、注意することはありますか。

A1

働き方の多様化が進み、副業・兼業を希望する人や副業・兼業を認める企業が増加しています。

企業においても、副業・兼業を認めることは、①優秀な人材の獲得・流出を防止でき競争力が向上する、②労働者が新たな知識・情報や人脈を得ることで事業機会の拡大につながるなどのメリットを得られます

また、副業・兼業が問題となった裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由であるとされています。そのため、企業は、原則として副業・兼業を認めつつ、労務提供上の支障がある場合や業務上の秘密が漏えいする場合などの副業・兼業を制限する合理的な理由がある場合に限り、副業・兼業を制限することができるにすぎないというのが裁判例の立場になります。

このような裁判例を受けて、厚労省は、就業規則でも原則として副業・兼業を認め、例外的に副業・兼業を禁止する場合を明記しておくことが望ましいという見解に立っています。

もっとも、副業・兼業を認める場合には、企業が対応しなければならない点もあります。

この点、厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン(以下、「ガイドライン」といいます。)」を策定しており、この中で、企業の対応における留意点として、①安全配慮義務、②秘密保持義務、③競業避止義務、④誠実義務を指摘しています。

QA2からQA4でそれぞれ詳細に解説します。

 

なお、副業・兼業に関する詳細につきましては、厚労省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」「パンフレット」をご参照ください。

Q2 副業・兼業を認めた場合の企業の安全配慮義務として、どのようなことをする必要がありますか。

A2 

A1記載のとおり、厚労省のガイドラインでは、副業・兼業を認める場合の企業の対応における留意点として、安全配慮義務を指摘しています。

副業・兼業との関係での安全配慮義務が問題となる場面としては、労働者の全体としての業務量・労働時間が過重であることを企業が把握しながら、何らの配慮をしないまま、労働者の健康に支障が生じた場合が挙げられます。

このことから、企業は、労働者が行う副業・兼業の業務内容や労働時間を把握し、過重労働とならないよう配慮しなければなりません。

また、企業は、自らの事業場における労働時間と副業・兼業先の事業場における労働時間を通算して管理しなければなりません(労働基準法38条1項)。そして、時間外労働があれば、必要に応じて割増賃金を支払わなければなりません(本業の企業と副業・兼業先の企業のいずれに割増賃金を支払う義務が発生するかは、ガイドライン13頁で説明されておりますので、ご確認ください。)。

労働者の副業・兼業の労務実態を把握するためにも、副業・兼業を届出制にし、届出書には副業・兼業先の業務内容や所定労働時間を記載させるとともに、定期的に副業・兼業の勤務実績を報告させることが必要となります。

副業・兼業の場合における労働時間の管理については、厚生労働省から通達も出ておりますので、ガイドラインと併せてご参照ください。

また、副業・兼業に関する届出書合意書の書式についても、厚労省が公表しておりますので、ご参照ください。

 

Q3 副業・兼業を認めた場合の労働者の秘密保持義務について、企業はどのような点に注意する必要がありますか?

A3

労働者は、労働契約法上、使用者の業務上の秘密を守る義務を負っています(秘密保持義務)。

副業・兼業を行う際には、本業で獲得した能力等を利用することもあり、労働者がこの秘密保持義務に違反してしまう場面も少なくありません。

ひとたび業務上の秘密が漏えいしてしまうと、企業への損失は計り知れず、場合によっては回復不能となってしまうことも考えられます。

そこで、副業・兼業を認める際には、業務上の秘密が漏えいしないよう対策を講じることが必要です。

具体的には、

  1. 就業規則にて、業務上の秘密が漏えいするおそれがある場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができるよう定めておくこと
  2. 労働者に対して、業務上の秘密となる情報の範囲を改めて周知し、漏洩することがないよう注意喚起すること

が考えられます。届出書で副業先の概要を把握し、もし副業先の業務が漏えいのリスクが高い場合は、特に個別に注意喚起をすることが望ましいように思われます。

なお、厚労省は副業・兼業に関する条項を入れ込んだモデル就業規則を公表しておりますので、こちらもご参照ください。

また、副業・兼業は、本業の経験や知識を活かして行われることが多いことから、営業秘密が漏えいしてしまうリスクが大きくなっています。不正競争防止法の営業秘密についてはこちらのページをご覧ください。

 

Q4 副業・兼業を認めた場合の労働者の競業避止義務や誠実義務について、企業はどのような点に注意する必要がありますか?

A4

上記A1記載のとおり、厚労省のガイドラインでは、副業・兼業を認める際に企業が留意する点として、競業避止義務誠実義務も指摘しています。

まず、競業避止義務が副業・兼業との関係で問題となるのは、副業・兼業先が競合関係となる企業であって労働者自身が競業避止義務違反となる場合と、他の企業で本業を行っている人物を雇って従事させることによって他の企業との関係で当該人物に競業避止義務違反が生ずる場合が挙げられます。

また、労働者は、企業に対して、企業の名誉・信頼を毀損しないなど誠実に行動しなければならないという誠実義務を負っています。労働者が副業・兼業した場合に、その業務内容等によっては、誠実義務に違反することとなることもありますので、企業としては、それを予防する必要があります。

以上のことから、企業が副業・兼業を認める際には、

  1. 就業規則にて、競業により企業の正当な利益を害する場合又は企業の名誉や信用を損なう場合には、副業・兼業を禁止又は誓約することができるよう定めておくこと
  2. 競業避止義務や誠実義務について労働者に周知し、注意喚起すること

が必要となります。

なお、厚労省は副業・兼業に関する条項を入れ込んだモデル就業規則を公表しておりますので、こちらもご参照ください。

 

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固定残業代制度で注意することは?

 残業代を支払うにあたって、固定残業代制度を導入したいと考えていますが、注意することはありますか?

 2022年7月に、あるIT企業の初任給が他社のものと比べて高額であることが話題となりました。もっとも、初任給の内容をよく見ると、そのIT企業では固定残業代制度を採用しているため、初任給にも固定残業代が含まれているなど、実質的には他社の初任給とそれほど大きくは変わらないようです。
このIT企業のように、近年では、残業代である割増賃金をあらかじめ定額として設定して支給する「固定残業代制(または定額残業代制)」を採用している企業が増えています。
この固定残業代制を採用するにあたっては、時間外労働等の割増賃金を定める労働基準法37条に違反しないように注意する必要があります。

労働基準法37条は、使用者が時間外労働をさせた場合には割増賃金を支払わなければならないということしか定めておらず、固定残業代制の要件を定めているわけではありません。固定残業代制の有効性や要件については、判決の積み重ねによって形成されております。
判例は、固定残業代制はただちに労基法37条に違反しないとしつつ、

① 通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できなければならず(明確区分性または判別要件)、

② 割増賃金に当たる部分が実際の割増賃金相当額以上の金額でなければならない(金額適格性または割増賃金額要件
としています。

さらに、近時の判例は、上記①と②に加え、

③ 割増賃金に当たる部分が時間外労働等の対価である割増賃金として支払われたものといえなければならない(対価性

ということも必要であると判断しました(日本ケミカル事件判決(最判平成30年7月19日労判1186号5頁 ))。
そして、対価性は、雇用契約書等の記載内容や使用者の説明等、実際の時間外労働時間との近接性などの事情から判断するとされています。もっとも、どのような場合に対価性が認められるかは、現時点で明確ではありません

したがって、固定残業代制に関する議論は流動的であり、完璧な制度設計をすることは現状できません。また、上記②からすれば、割増賃金の計算をして実際の割増賃金相当額が固定残業代よりも上回れば、その分の割増賃金を支払わなければなりません。そのため、固定残業代制は、企業にとって必ずしもメリットとなるわけではありません。

さらに、固定残業代の金額が労働者の健康を損なう危険性があるほどの時間外労働に相当するような場合には、公序良俗(民法90条)に違反して無効となる可能性もあります。ある裁判例では、月80時間分の時間外労働の割増賃金に相当する固定残業代制について、公序良俗に違反して無効と判断されています(イクヌーザ事件(東京高判平成30年10月4日労判1190号5頁))

固定残業代制を導入する際は、以上のことに最低限留意して検討し、後から固定残業代制が無効とならないよう雇用契約書や就業規則を作成してください。
固定残業代制が無効となってしまうと、固定残業代として支払っていた金額も割増賃金の基礎となる通常の賃金となり、さらに割増賃金全額を改めて支払わなければならなくなるため、労働者に支払うこととなる残業代は高額となる可能性があります。その金額によっては、企業の経営に影響を与えることもあり得ます。そのため、固定残業代制を導入する際はご注意ください。

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株主の相続と権利行使の問題とは?

Q1 当社の株主が亡くなっていたことが分かりました。まだ遺産分割を行っていないようなのですが、相続人の一人が定時株主総会への出席を希望しているようです。株主総会での議決権行使を認めて問題ありませんか?

A1

1 株主が保有していた株式も、経済的な価値のある財産ですので、被相続人の死亡により遺産(相続財産)として相続人に承継されることになります。

相続人が複数人存在している場合で遺産分割協議を行うまでの間は、相続人全員が株式を共有することとなります(遺産分割協議を行った後は、遺産分割協議の内容に従って株主が決まることとなります。)。

2 株式が共有されている場合の株主の権利行使(議決権行使も含みます。)については、会社法106条本文が定めています。同条本文では、共有者が権利行使する者一人を定めて、会社に対して権利行使者の氏名又は名称を通知しなければ、権利行使することはできないとしています。

また、権利行使する者の選び方については、共有者全員が一致することまでは必要ではなく、共有持分の過半数による多数決で足りるとされています(最判平成9年1月28日判時1599号139頁)。

そのため、会社としては、共有持分の過半数の相続人から権利行使する者の氏名又は名称の通知を受けたときに限り、その者の議決権行使を認めればよく、そのような通知がない場合には、議決権行使を拒否することができます

3 なお、会社法106条ただし書きは、会社が同意すれば、上記の通知をしなくとも株式の共有者の権利行使ができると定めています。

しかし、会社が同意すれば、どのような場合でも共有者が権利行使することができるのではありません。この会社法106条ただし書きは、共有者からの通知がない場合でも、会社が同意すれば、民法の共有に関する原則論による権利行使を認めるという趣旨と解されています。そのため、共有者が共有持分の過半数による多数決で権利行使の仕方を決め、それに従って共有者の一人が権利行使した場合には、会社が同意すれば、権利行使は有効となります。これに対し、会社が同意したとしても、共有持分の過半数による多数決がない場合には、権利行使は無効となります(最判平成27年2月19日民集69巻1号25頁)。

 

Q2 Q1の定時株主総会で配当金交付の決議をして、株主へ配当金を交付することとなりました。誰に配当金を交付すればいいでしょうか?

A2

1 A1で、株式は相続人の共有になると説明しました。

配当金交付請求権も経済的価値のある債権ですので、株式と同じように被相続人の共有になると思われるかもしれません。しかし、配当金交付請求権は、被相続人の共有にはなりません

配当金交付請求権を考える際には、配当金交付請求権の発生時期と被相続人の死亡時の前後関係が重要となります(もっとも、結論は同じになります。)。

2 配当金交付請求権の発生が先で、配当金を受け取るまでに被相続人が死亡した場合はどのように考えれば良いでしょうか?

この場合には、配当金交付請求権という債権が発生していて、その債権が相続人に相続(承継)されることとなります。

そして、配当金交付請求権は、性質上可分であるため、分割債権となります。この分割債権は、相続が発生した場合、遺産分割協議を行うことなく、当然に相続分に応じて各相続人に分割されます

つまり、各相続人は、自身の相続分の割合に応じた配当金交付請求権を相続により得て、各相続人が単独で権利行使することができます。

そのため、各相続人は、会社に対して、自身の相続分の割合に応じた配当金の交付を請求することができ、会社はそれに応じなければなりません(細かい作業になるときもあります)。

3 被相続人の死亡が先で、その後に配当金交付請求権が発生した場合はどのように考えれば良いでしょうか。

この場合には、被相続人が死亡した時点で、株式は各相続人が共有することになります(上記A1参照。)。そして、共有状態の株式に派生するものとして、配当金交付請求権が発生することになります(このことを「相続財産から生じた果実」と呼ぶときもあります。)。

この相続財産から生じた果実については、相続財産とならず、各相続人が自身の相続分の割合に応じて単独債権として確定的に取得するとされています(最判平成17年9月8日民集59巻7号1931頁名古屋高判平成23年5月27日金判1381号55頁)。この考え方により、配当金交付請求権も、各相続人が自身の相続分の割合に応じて単独債権として確定的に取得することとなります。

そのため、①と同様に、各相続人は、会社に対して、自身の相続分の割合に応じた配当金の交付を請求することができ、会社はそれに応じなければなりません。

4 以上のとおり、①と②とで、同じ結論となり、会社は、各相続人に対して、その相続分割合に応じた配当金を交付しなければなりません

なお、実務においては、①と②のいずれであっても、相続人全員の同意により各相続人が単独で取得する債権を遺産分割の対象とすることができ、遺産分割協議により特定の相続人が配当金交付請求権を取得すると定めることができます。この場合には、会社は、遺産分割協議で定められた特定の相続人に対して、配当金全額を交付すれば良いことになります。もっとも、株式自体と配当金交付請求権は別個の権利ですので、遺産分割協議書には、「配当金交付請求権」を明記しなければならないことにご注意ください。遺産分割協議書に「株式」の定めしかない場合には、配当金交付請求権に関する定めがないこととなり、各相続人に対して配当金を交付しなければなりません。

 

株主の相続が発生すると、関係者が多数になり権利関係が複雑化するとともに、会社法だけでなく民法の理解も必要となります。

このような問題に対処するには、横断的な知識や豊富な経験が必要です。

当事務所の弁護士は、このような株主の相続にも日々対応しております。株主の相続問題でお困りの際は、当事務所へご相談ください。

 

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株主総会議事録への署名拒否は無効?登記申請への影響とは?

 経営権争いのために取締役の間に対立があり、株主総会決議の内容に不満があるとして、一部の取締役が株主総会議事録への署名を拒否しました。株主総会決議は無効となってしまうのでしょうか?また、登記はできるのでしょうか?

A 
株主総会議事録に一部の取締役の署名または記名押印(以下、「署名等」といいます。)が得られないのは、経営権争いに限られません。取締役が株主総会の直後に死亡した場合事故により長期間意識が回復しない場合長期間の海外出張に行ってしまった場合等にも、署名等が得られないことがあります。

このような場合でも、議事録に取締役の署名等がないという理由で、株主総会決議が無効にはなりません

そもそも、議事録の作成は、株主総会の決議の内容を保全するためのものであり、株主総会の決議の要件ではありません。旧商法では、議長と出席した取締役は株主総会議事録に署名または記名押印しなければならないとされていましたが、現在の会社法ではそのような定めはありません。会社法では、株主総会の議事録を作成しなければならないとだけ定められており、署名等は求められておりません(会社法318条1項、同法施行規則72条)。なお、株主総会とは異なり、取締役会の議事録には出席した取締役と監査役が署名等しなければならないとされておりますので、混同しないようご注意ください(会社法369条3項)。

以上のことから、議事録に一部の取締役が署名等しない場合でも、株主総会決議は有効です。

もっとも、定款において、株主総会議事録には議長と出席した取締役が署名等しなければならないと定めている会社も多いと思います。これは、株主総会決議や議事録の内容を担保するために行っているものです。

このような定款の会社において、一部の取締役が議事録への署名等を拒否した場合に、株主総会議事録が登記申請の添付書類とされている事項について登記申請ができるのかが問題となります(商業登記法46条2項参照)。

詳細については、登記申請業務を専門に行う司法書士等にご確認いただく必要がありますが、一部の取締役が署名等を拒否している場合でも、登記申請を受理してもらえることがあります。具体的には、死亡その他やむを得ない事由により署名できない取締役がいる場合で、これを証明する書面を添付したときとされています。そのため、経営権争いにより一部の取締役が署名等を拒否する場合であっても、署名等を拒否している取締役の氏名署名等をしない理由を議事録に付記することで、登記申請を受理してもらえることになります。なお、この点については、「出席取締役の総会議事録への署名拒否と登記申請」藤島紀子(旬刊商事法務1056号40~41頁)が詳しく解説しております。より深く確認したい方は是非お読みください。

経営権争いが生じてしまった場合には、通常の会社運営では当たり前に行っていたことでも注意しなければならないことがあります。後から問題とされてしまい、最悪の場合経営権を失ってしまう可能性もあります。それを避けるためには、一つ一つの手続きを確認して、確実に進めていくことが必要です。

当事務所は、経営権問題に関する事案の対応について、経験数が非常に豊富です。多種多様な個性ある案件を多数解決してきました。大切な会社や従業員を守るために、当事務所もサポートいたします。

経営権問題でのお困りごとは、当事務所へご相談ください。

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経営権に関して弁護士ができることとは?紛争対応から予防のための対策までサポートします

 

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問題社員の対応について

 

【 目次 】

1 問題社員とは

2 問題社員を放置するとどうなるか

3 問題社員に対して会社がとれる手段とは

4 弊所ができること

 

1 問題社員とは

多くの従業員を雇用して事業を行っていく企業において、従業員が会社のルールや指示に従って行動することが求められます。

他方、価値観や働き方が多様化している現代社会においては、企業と従業員または従業員同士で価値観の相違からトラブルが生じることも多くあります。

その結果、会社のルールや指示に従わない従業員が出てきてしまうことは、避けられません。

ここでは、会社のルールや指示に従わない従業員のことを問題社員と呼び、企業における問題社員への対応を解説します。

 

なお、弊所での経験によると、企業が対応に苦慮する社員は以下の2つの類型に分けることができます。

  1. 法令又は就業規則等に違反する社員
  2. 法令又は就業規則等には明確には違反しないが、非常識な言動により社内外の人に不快感や迷惑を与える社員

ここでは、1を対象として問題社員対応を解説しています。

しかし、2でその程度が著しいけれども、懲戒事由に該当せず解雇等ができない事例が「難問」であり、多くの企業が頭を抱えています。②のような「難問」についても、弊所では対応しておりますので、ご相談ください。

 

2 会社のルールや指示に従わない問題社員を放置するとどうなるか

一口に問題社員といっても、その具体例は様々なものが含まれます。一例として以下のものが挙げられます。

  • セクシャルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)などの非違行為を行う
  • 配置転換命令を拒否するなどの会社の指示命令に背く
  • 会社に黙って副業・兼業を行うなどの会社のルールに違反する
  • 無断欠勤を続ける etc・・・

このような問題社員を放置すると、職場環境が悪化して、周囲の社員のモチベーションも低下したり、生産性が低下したりするなどし、結果として企業価値も低下してしまいます。

また、セクハラやパワハラの場合には、その対象となってしまった社員がメンタルヘルスを抱えてしまい、労災問題に発展してしまうこともあり得ます。

このようなことを防ぐためにも、問題社員に対しては、早期の対応を心掛ける必要があります。

※ハラスメントについては、こちらの記事をご参照ください。

※非違行為の一つである業務上横領については、こちらの記事をご参照ください。

 

3 問題社員に対して会社がとれる手段とは

⑴ まずは調査と記録

問題社員の情報を得た場合でも、直ちに懲戒処分や人事権行使をすることは控えてください。

まずは、事実関係を調査することから始める必要があります。社員が問題行動を起こしているのか否か、また、どのような問題行動を起こしているのかについて、関係者から聴取したり、書類やメールなどの記録を確認したりすることになります。

この際に重要なのは、調査したことを記録に残しておくことです。

最終的に問題社員に対して懲戒処分等を行い、後からその社員から懲戒処分等がおかしいのではないかと主張された場合に、きちんとした事実関係の調査を行って、適切な処分をしたことを反論する必要が出てくるためです。

そして、本来であれば懲戒解雇を行うことができたにもかかわらず、記録していなかったために懲戒解雇ができないこともあります。

そのため、事実関係の調査を行うとともに、調査の結果を記録化しておくことを心掛けるようにしてください。

⑵ 調査結果を踏まえて対応や処分を検討する

事実関係の調査をした結果、社員の問題行動が明らかとなった場合には、当該社員に対する対応や処分を検討します。

問題行動の内容にもよりますが、まずは当該社員に対して速やかに注意指導を行うことになります。いきなり懲戒処分等を行うのではなく、当該社員に反省を促し、改善するきっかけ(チャンス)を与える必要があるためです。

注意や指導を行ったにもかかわらず改善しない場合に、懲戒処分等を検討することになります。

会社は、人事権懲戒権を持っていますので、人事権の行使として配置転換や降格、自宅待機を行ったり、懲戒権の行使として懲戒処分を行ったりすることになります。

もっとも、人事権も懲戒権も、法律等による制限がありますので、後から無効とならないように注意する必要があります。具体的には、人事権や懲戒権を行使できる場合を就業規則等で明記したり、権利濫用とならないような処分としたりすることになります。

特に懲戒権は、企業秩序違反行為に対して科す制裁罰という刑事罰に類似する性質を持つことから、その有効性は厳格に判断されることとなります。また、退職勧奨や懲戒解雇といった厳しい処分を行うのは、訓告等の軽い懲戒処分を複数回行ったにもかかわらず、問題行動が改善しない場合となります。

なお、このような懲戒処分等を行うためには、就業規則にきちんと定めておく必要があります。残念ながら、就業規則に不備があったために、適切かつ厳重な処分を行うことができずに、企業が困ってしまうことはよくあります。就業規則の完成度が、問題社員対応の成否に直結することになりますので、平常時から就業規則の規定を確認しておくことが重要です。

 

4 吉田総合法律事務所ができること

弊所では、日々、数多くの企業様から、問題社員対応のご相談をいただいております。

豊富な経験から先を見通したうえで、適切なアドバイスを行います。その際には、状況にもよりますが、後に紛争化することによるデメリットを回避するため、なるべく当該社員にもご納得いただける解決法を模索いたします。

また、残念ながら問題社員対応が紛争化してしまった場合には、相手方との交渉や訴訟活動も行っております。

問題社員への対応を間違えると、企業に多大な負担が生じることもあります。大切な企業を守るためにも、問題社員対応は弊所にご相談ください。

 

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