よくある労務問題とは?~近時の注目トピックスから~

会社経営において、労務問題は避けて通れません。また、社会が急激に変化している現代で、企業は常に新しい情報をキャッチし、従業員に対して適切な労務環境を整えなければなりません。

そこで、近時の注目すべきトピックスをピックアップし、隙間時間にお読みいただけるよう簡潔にまとめました。皆様のご参考となれば幸いです。

Q1 団体交渉の誠実交渉義務について判断した山形大学事件の判決を教えてください。

A1

山形大学事件は、使用者である大学の団体交渉における対応が、不当労働行為に当たる旨の申立てを受けた労働員会が出した救済命令について、大学が取消しを求めた行政訴訟です。

この裁判では、団体交渉事項が合意の見込みがない場合において、誠実交渉義務違反を理由に労働委員会が誠実交渉命令を発することができるか否かが争点となりました。

最高裁判所は、結論として、「使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができる」と判断しました(最判令和4年3月18日)。

その理由は、合意の成立する見込みがない場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応じれば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができたり、労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られたりすることから、救済命令をすることは労働委員会の裁量権の範囲内であって適法であるというところにあります。

判決内容の詳細は、こちらをご確認ください。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/291/091291_hanrei.pdf

なお、最高裁判所は、審理を仙台高等裁判所に差し戻しており、最終的な決着はついておりませんが、注目すべき判決ですので、紹介します。

Q2 テレワーク勤務(在宅勤務)の導入に伴って就業規則を変更しようと思いますが、どのような規定に変更したらいいですか?

A2

厚生労働省が、テレワーク勤務に関するモデル就業規則・作成の手引きを公開しておりますので、こちらを参照することをお勧めします。

https://telework.mhlw.go.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/teleworkmodel.pdf

この手引きの内容で、特に注意すべき点をご紹介します。

① 中抜け時間と労働時間
労働基準法上は、中抜け時間は把握せず、始業時間及び就業時間のみを把握することも可能です。
その場合には、中抜け時間も労働時間として取り扱うこととなります。
なお、中抜け時間を把握する場合には、休憩時間として終業時間を繰り下げたり、時間単位の年次有給休暇として取り扱うことになります。

② 給与等の減額
在宅勤務を理由とする基本給等の減額は、不利益変更となるためできません
なお、在宅勤務により労働時間が短くなる場合に、それに応じて減額することは可能です。
また、終日在宅勤務を行い、交通費が発生しない場合には、通勤手当を減額することもできます。

③ 通信費や文具費、備品費等の支給における注意点
通信費等として定額の手当を従業員に支給する場合には、この手当を割増賃金の算定基礎に算入しなければならなくなります。
そのため、割増賃金の算定基礎に関する就業規則の規定も変更することが必要となります。

Q3 中小事業主も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上としなければならなくなると聞きました。詳しく教えてください。

A3

労働基準法37条1項は、長時間労働を抑制する目的で、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は5割以上としなければならないと定めています。
もっとも、中小事業主は猶予措置が取られております。
この猶予措置は、令和5年4月1日に廃止されますので、それ以降は、中小事業主も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上としなければならなくなります。

ここでいう中小事業主とは、資本金の額または出資の総額が3億円(小売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主およびその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいいます(下記表を参照)。

なお、猶予措置期間中であっても、この中小事業主の定義から外れてしまった場合には、その時点で猶予措置の対象から外れますので、割増賃金率を5割以上としなければならなくなります。 

■中小事業主(①または②のいずれかを満たすもの)■

業 種 ① 資本金の額または出資の総額 ②常時使用する従業員の数
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業

(サービス業、医療・福祉等)

5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他の業種

(製造業、建設業、運輸業等の上記以外全て

3億円以下 300人以下

 

Q4 長年にわたって残業代の一部が支払われていないことが判明しました。消滅時効期間が経過している未払い残業代は、請求されることはないと考えていいでしょうか。

A4

未払い残業代は、雇用契約に基づく賃金債権として請求されることが一般的です。
賃金債権の消滅時効は、令和2年4月以前に発生したものは2年間それ以降に発生したものは3年間となっています。
そして、消滅時効期間が経過した未払い残業代については、時効援用により消滅します。
しかし、この消滅時効を避けるため、未払い残業代を不法行為に基づく損害賠償として請求されることがあります。
これについて、賃金の未払いが直ちに不法行為となるのではなく、使用者が賃金の支払い義務を認識しながら労働者による賃金請求が行われるための制度を全く整えなかったり、賃金発生後にその権利行使を殊更妨害したりしたなどの特段の事情が認められる場合に限り、不法行為となるとした裁判例があります(東京地判令和3年8月20日)。
そのため、残業代に未払いが発覚した場合、直ちに不法行為となるわけではありませんが、悪質なケースでは不法行為となる場合があります
そして、不法行為の消滅時効は、損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間ですので、賃金債権の消滅時効期間が経過している場合でも請求される可能性が残ってしまいます。
また、従業員が損害を知らない、つまり、残業代を請求できることを知らない限り、3年の時効期間はスタートしませんので、不法行為に基づく損害賠償請求権は短期の消滅時効にかかりません。

 

Q5 従業員からの要望もあり、これまで禁止していた副業・兼業を認めることにしました。副業・兼業を認めるにあたって、注意することはありますか。

A5

働き方の多様化が進み、副業・兼業を希望する人や副業・兼業を認める企業が増加しています。
企業においても、副業・兼業を認めることは、①優秀な人材の獲得・流出を防止でき競争力が向上する、②労働者が新たな知識・情報や人脈を得ることで事業機会の拡大につながるなどのメリットを得られます。
もっとも、副業・兼業を認める場合には、企業が対応しなければならない点もあります。
この点、厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定しており、この中で、企業の対応における留意点として、①安全配慮義務、②秘密保持義務、③競業避止義務、④誠実義務を指摘しています。
特に、①安全配慮義務として、副業・兼業を含めた労働者の全体としての業務量や労働時間が過重とならないようにしなければならないとされています。
副業・兼業の場合における労働時間の管理については、厚生労働省から通達も出ておりますので、ガイドラインと併せてご参照ください。

 

「副業・兼業の促進に関するガイドライン」

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf

「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第38条第1項の解釈等について」

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T201005K0070.pdf

 

Q6 東京都の時短営業命令について損害賠償請求を求めた裁判の判決が出たと聞きましたが、判決はどのような内容ですか?

A6 

飲食業を営む会社が、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため発出された東京都の時短営業命令が違法であると主張して、東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟を起こし、令和4年5月16日に判決がありました。
東京地裁は、東京都が時短営業命令を発出した時点で、日本政府が緊急事態宣言を4日後に解除する方針を決定しており、時短営業命令の効力が4日間しか生じないことが確定していたにもかかわらず、あえて時短営業命令を発出した必要性を合理的に説明できていないと指摘して、時短営業命令は法律の要件をみたさず違法であると判断しました。
しかし、時短営業命令を発出した当時において、都知事が発出を差し控える旨判断することは期待しえなかったことなどを理由に、都知事の職務上の注意義務違反を認めず、会社の請求は認められませんでした。
つまり、東京都の時短営業命令の発出は、違法ではあるけれども、損害賠償請求は認められないという判決となりました。

 

詳細は、下記の判決文をご確認ください。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/291/091291_hanrei.pdf

 

Q7 経済的な理由から事業継続が不可能になり、会社を解散することにしましたが、従業員を解雇するにあたって注意することはありますか?

A7

新型コロナウイルスの感染拡大のため、経済活動が抑制されてしまい、その結果、会社を解散せざるを得ないこともあります。
会社を解散しても、清算手続きが終了するまでは会社は存続し、従業員との労働契約関係も続くことになります。
そのため、退職合意などに応じてくれない従業員に対しては、解雇を行わなければならなくなり、その際の解雇にも解雇権濫用法理(労契法16条)が適用されます。
もっとも、会社の解散による従業員全員の解雇の場合、整理解雇法理によって解雇権濫用の有無を判断するのではなく、整理解雇の4要素のうち、解雇回避努力義務履行の有無と手続きの妥当性のみが問題となります。

上記を前提として解散に伴う解雇の有効性を判断した裁判例として、東京地判令和3年10月28日があります。

なお、解散ではなく、民事再生や会社再生などの再建型企業倒産手続きにおける解雇には、整理解雇法理が当然適用されます

Q8 会社のレピュテーションリスクの観点から、私生活上の非行を懲戒処分の対象とすることについて、問題はありますか?

A8

懲戒権は、企業の存立と事業の円滑な運営のために会社に認められているものですので、従業員の私生活は対象とならないのが原則です。
しかし、従業員の私生活上の行動が、会社の事業活動の遂行に直接関連したり、社会的評価を低下させたりすることがあります。
このような場合には、従業員の私生活上の行動も、懲戒処分の対象となる場合があります。

例えば、運送業者の従業員が酒気帯び運転により刑事罰を受けた場合や、鉄道会社の従業員が電車内で痴漢行為を行い刑事罰を受けた場合などは、いずれも私生活上の行動であっても懲戒処分の対象となり得ます。

また、SNSへの投稿も、勤務時間外に個人アカウントでされたものは私生活上の行動ですが、会社の社会的評価を低下させるようなものについては、懲戒処分の対象となり得ます。
もっとも、私生活上の行動については、従業員のプライバシーの範囲でもありますので、懲戒事由に該当するか否かや、懲戒処分が相当か否かを慎重に判断しなければならないことにご注意ください。

Q9 職場の電話が鳴った際に、休憩時間中の従業員が電話に出ることがあります。従業員にはその分の賃金を支払うことにしていれば、問題はありませんか?

A9

休憩時間は、労働から完全に解放された時間ですので、電話が鳴ったら電話対応をしなければならない時間や実際に電話対応した時間は含まれません。
その時間は労働時間ですので、当然に賃金が発生します。
もっとも、賃金を支払えば問題が解決するわけではありません
労働基準法では、労働時間が6時間を超える場合には45分、8時間を超える場合には1時間の休憩を、労働時間の途中に与えなければならないとしています(労基法34条1項)。
つまり、6時間を超える労働時間の従業員に対しては、休憩を取らせることが義務付けられており、休憩時間分の賃金を支払ったとしても、この義務はなくなりません。
そのため、従業員に休憩を取らせるためには、休憩時間中は電話対応を行わない体制とすることや、従業員の休憩時間をずらして電話当番を決めることなどを検討する必要があります。

なお、休憩は従業員に一斉に与えなければならないとされており(労基法34条2項)、従業員の休憩時間をずらすには、労使協定で定めておくことが必要ですので、この手続きも忘れないようご注意ください。

Q10 会社の事情により一定期間従業員に労働をさせられなかった場合、賃金を支払えば問題にはなりませんか。

A10

一般的に、労働は労働者が労働契約上負っている義務であり、使用者に対して労働することを請求する権利である就労請求権を持つものではありません。
これを使用者から見ると、労働者の労働を受領する義務はないことを意味します。
そのため、使用者側の事情により労働させなかった場合には、使用者は賃金を支払う必要はありますが(民法536条2項)、労働させなかったことが労働契約の債務不履行となることはありません
このように、労働者の就労請求権は一般論としては認められないものの、事案によっては認められる場合があります。

最近の裁判例では、大学の教員の講義が自らの研究成果を発表し学生との意見交換を通じて学問研究を深化・発展させるものであって教員の権利としての側面を有することや、雇用契約書で最低週4コマの講義を担当することが明記されていることなどから、大学は教員に講義を担当させる義務があり、これに違反したため債務不履行となると判断したものがあります(東京地判令和4年4月7日)。
そのため、雇用契約書等の条項や労働の性質により、労働者の就労請求権が認められる場合があります。
特に、研究業務については、上記判決と同様の考え方により労働者の就労請求権が認められる可能性がありますので、ご注意ください。

 

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