「強制執行」「債権執行」「財産開示手続」とは?

1 強制執行手続とは?

⑴   強制執行手続

強制執行手続は、勝訴判決や、仮執行宣言を付した支払督促を得たり、強制執行認諾文言付き公正証書にて債務者との支払合意が成立した等にもかかわらず、相手方(債務者)がお金を支払わない場合に、判決等を得た債権者の申立てに基づいて、債務者に対する請求権を裁判所が強制的に実現する(債務者の財産を差し押さえて換価し、債権者に債権を回収させる)手続です。

 

 

不動産執行手続は、不動産の競売手続等のことを言います。

債権執行手続は、債権者が、債務者の預貯金を差し押さえたり、債務者の給料を差し押さえたりすること等により、債権の回収を図る手続です。

少額の債権の回収を行う場合、不動産執行手続は費用倒れになることがありますので、債権執行手続を使うことが多いです。

 

⑵   債権執行手続

債権執行手続は、債権者が、債務者の預貯金を差し押さえたり、債務者の給料を差し押さえたりすること等により、債権の回収を図る手続です。

そのため、債権執行手続(債権差押命令の申立て)を行うには、債務者の預貯金情報や勤務先情報がわかっている必要があります。

預貯金情報としては、債務者の預貯金口座がある銀行名と支店名が必要です(ネット銀行の場合は支店名が不要な場合もあります。)。

 

 

債権差押命令を申立て、裁判所から債権差押命令が出ると、その差押命令は、第三債務者(銀行や勤務先等)と債務者に送達されます。差押命令は、債務者に対しては債権の取り立て(預貯金をおろすこと、差押えが禁止されている範囲外の給与を受け取ること等)を禁じ、第三債務者に対しては、債務者への弁済(預貯金の払い戻し、差押えが禁止されている範囲外の給与を支払うこと)を禁じます。

債権差押命令を申し立てる際に、併せて、陳述催告の申立てを行うと、第三債務者から、被差押債権の存否、種類、額等の事項(預貯金の存否・残高、給料をもらって働いているか否か等)の回答をもらえます。

被差押債権がある場合(預貯金口座に残高がある、給料をもらって働いている等)、債権者は、第三債務者から、取立て等を行うことができます。

しかし、預貯金残高がなかったり、債務者が職場を辞めていた場合等は、差押えは空振りに終わります。債務者に新たな財産が見つかった場合は、その新たな財産に対して、新たに差押命令を申し立てることになります。

 

2 財産開示手続とは?

財産開示手続とは、債権者が債務者に対して強制執行等をする際に必要な、債務者の財産に関する情報を取得するための、裁判所の手続です。

財産開示手続では、債務者が裁判所に出頭し、債務者の財産状況を陳述します。なお、債権者は出頭不要です(出頭して債務者に質問することもできます)。

債務者が、裁判所の呼出しを受けたにも関わらず正当な理由なく出頭しない、正当な理由なく陳述すべき事項について陳述をせず、又は虚偽の陳述をするなどすると、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金の刑事罰が科されます。

債権者は、この手続によって判明した債務者の財産に対し、別途、強制執行の申立てをする必要があります。

 

3 第三者からの情報取得手続とは?

第三者からの情報取得手続とは、債権者が債務者に対して強制執行等をする際に必要な、債務者の財産に関する情報を、債務者以外の第三者から提供してもらうための、裁判所の手続です。第三者から入手できる情報は、不動産情報、給与(勤務先)情報、預貯金情報、上場株式・国債等に関する情報です。

この内、最もよく使われるのは、債権執行手続をとりやすい預貯金情報です。預貯金情報は、銀行や信用金庫などの金融機関が「第三者」となります。

第三者からの情報取得手続により情報開示を命じられた第三者は、裁判所に対し、書面で情報の提供をしなければなりません。第三者から情報が提供された場合、裁判所は、申立人(債権者)に対し、第三者から提出された書面の写しを送付します。

債権者は、この手続によって判明した債務者の財産に対し、別途、強制執行の申立てをする必要があります。

 

特定商取引法の改正② 申込時の表示規制・不実告知とは?

2022年6月1日に施行された改正特定商取引法では、通信販売に関する規定を新設し、通信販売の規制を強化しています。

今回の改正法によって、規制対象が広がり、新たに対応が必要となる企業様もおられます。しかし、今回の改正法の内容は非常に細かく複雑で、消費者庁が公表している資料も、量が多くて読み解くにも時間がかかります。

当事務所もこの問題についてお問い合わせをうけることがあり、正確な回答をするために、消費者庁の担当者による有料の解説講義を受講し、所内で消費者庁の公表資料を検討するなどして、今回、改正法の内容をQ&A方式でまとめました(なお、お問い合わせは無料相談ではなく全て有料相談です。)。

今回、より多くの企業様のご参考になればと思い、当事務所のサイトで内容を紹介いたします。

なお、申込時の表示規制については、こちらもご参照ください。

Q1 特商法第12条の6第2項で販売業者や役務提供事業者の一定の表示が禁止されたと聞きましたが、規制の内容はどのようなものでしょうか?

A1 
特商法第12条の6第2項は、特定申込みにおける以下の表示を禁止しています。

①書面の送付や手続きに従った情報の送信が契約の申込となることにつき、人を誤認させるような表示
第12条の6第1項各号に掲げる事項につき、人を誤認させるような表示
(※「特定申込み」については、こちらのQ3をご参照ください。)
①は、特定申込みの際の書面の送付や情報の送信について、それが契約の申込みとなることを消費者が明確に認識できるようにしていない表示を禁止するものです(具体例はQ2を参照してください。)。

この規制は、消費者が契約の申込みとなることを分からずに書面を送付したり、情報を送信したりしてしまい、意図せずに契約してしまうことを防止することを目的としています。

②は、法12条の6第1項各号が表示を義務付けている事項について、その表示が不実ではないものの、消費者を誤認させるような表示を禁止するものです(具体例はQ2を参照してください。)。

また、②の表示に該当するか否かは、特定の文言等の表示だけでなく、他の表示と組み合わせてみた表示内容全体から、消費者が受ける印象や認識から総合的に判断することとされていることに注意が必要です。

そのため、②の表示に該当しないように慎重に検討しなければなりません。

Q2 具体的にどのような表示が特商法12条の6第2項に違反することとなるのか教えてください。

A2

まず、①の具体例は、「無料プレゼント」などの言葉を強調することで、契約の申込みとなることが分かりにくい場合が挙げられます。契約者にのみ「無料プレゼント」を行う場合には、そのことを消費者が誤認しないように表示しなければなりません。

【違反となる例】

(上記図出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

また、インターネット通販では、「送信する」や「次へ」とのみ表示されているボタンをクリックしただけで契約の申込みとなってしまう場合には、消費者を誤認させるおそれのある表示となってしまいます。

これを回避するためには、「注文内容の確認」という表題の画面上に「申込みを確定する」といったボタンが表示され、このボタンをクリックすれば契約の申込みとなるようにする必要があります。

【違反となる例】

(上記図出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

次に、②の具体例は、「お試し」や「トライアル」ということを殊更に強調する表示にもかかわらず、定期購入契約であったり、解約に条件があり容易に解約できなかったりする場合には、消費者を誤認させるおそれのある表示となってしまいます。

また、「いつでも解約可能」と強調する表示も、解約条件が付いている場合には、消費者を誤認させるおそれのある表示となります。

【違反となる例①】

【違反となる例②】

(上記①②図の出典:消費者庁の「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」)

Q3 特商法13条の2の不実告知とは

A3

特商法13条の2は、通信販売に係る契約申込みの撤回・解除を妨げるため

①申込みの撤回・解除に関する事項
②契約締結を必要とする事情に関する事項

について不実のことを告げる行為(不実告知)を禁止しています。

この規定は、購入者が解除等を申し出た時に、解除等を妨害する目的で不実のことを告げる悪質な事例がみられたことから、令和3年改正により新設されました。

特商法12条の6第1項と第2項が契約申込みの時点での表示を問題としていたのに対して、13条の2は、契約申込みの撤回や解除の段階での行為を問題としています。

①の具体例としては、事実に反して、「定期購入契約になっているので、残りの代金を支払わなければ解約できない。」と告げることが考えられます。②の具体例としては、販売した商品について、事実に反して、「その商品は、今使用を中止すると逆効果になる。」と告げることが考えられます。

また、この13条の2の要件として、不実告知について主観的な認識は不要とされています。そのため、担当者が誤って、メールや電話やチャットなどで、不実のことを告げてしまった場合でも、13条の2に該当してしまい、行政処分の対象になりますので、ご注意ください。

 

Q4 特商法12条の6や13条の2に違反した場合は、どうなりますか?

A4

⑴ 行政処分や罰則の対象

特定申込を受ける際の表示(特商法12条の6)や不実告知の禁止(13条の2)の規制に違反してしまった場合、行政処分や罰則の対象となります(14条、15条、70条、72条等)。

行政処分には、主務大臣による指示や業務停止命令等があり、罰則は懲役又は罰金が用意されています。

(上記図出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

 

⑵ 差止請求の対象

違反行為は、適格消費団体による差止請求の対象にもなります(58条の19)。

 

⑶ 特定申込みの取消

また、特定申込みを受ける際の表示(12条の6)に違反した場合で、その表示により消費者が誤認して申込みを行ったときには、消費者は申込みを取り消すことができます(15条の4)。

具体的には、以下の場合に取り消すことができます。

(上記図出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

⑷ まとめ

以上をまとめると、以下の図のとおりとなります。

なお、これらの違反行為が発覚した場合、報道機関により広く報道がなされ、レピュテーションリスクが生じることもあります。特に、繰り返し違反行為が判明した場合には、回復が困難となることも十分に考えられますので、違反とならないよう対策することが重要です。

(上記図出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

 

なお、改正特商法については、消費者庁が公表している詳細な資料をご確認ください。

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_transaction/amendment/2021/

 

関連記事へのご案内

特定商取引法の改正① 申込時の表示規制とは?

 

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パワハラ防止法の改正内容とは?

1 パワハラ防止法改正の背景

厚生労働省によると、都道府県労働局に寄せられる相談のうち、職場でのいじめや嫌がらせに関する相談の件数が長年にわたって最多となっているとのことです。

パワーハラスメント(以下では略して「パワハラ」と言います。)を含めたハラスメントは、労働者が能力を十分に発揮することを阻害することとなり、企業にとっても、職場秩序の乱れ業務への支障が生じたり、社会的評価にも悪影響が及んだりすることで、大きな問題となります。

このような背景から、2019年の国会において、「労働施策総合推進法」いわゆるパワハラ防止法が改正され、パワハラ対策の強化が図られました。

 

2 法改正の概要

改正パワハラ防止法30条の2及び厚生労働大臣の指針では、パワハラの定義を明記するとともに、事業主にパワハラを防止するための雇用管理上の措置を講じることを義務付けました。

当初、中小事業主は、パワハラ防止のための雇用管理上の措置を義務付けの対象から外され、努力義務とされていましたが、令和4年4月1日からは、中小事業主も対象となりました。

そのため、現時点では、すべての事業主が、パワハラ防止のために雇用管理上の措置を講じなければならないことになっています。

そして、事業主に義務付けられている雇用管理上の措置の具体的な内容は、厚生労働大臣の指針で定められています。

なお、パワハラ防止のための雇用管理上の措置をとっていない場合、刑事罰が科されることはありませんが、行政による助言や指導、勧告、公表がなされることとなります。

行政による指導等を受ければ、会社の評判が下がってしまうことになりますので、企業経営者の皆様には、適切な対応が必須となります。

3 職場におけるパワーハラスメントとは

⑴ パワハラの定義

パワハラ防止法30条の2及び指針は、パワハラの定義を、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境を害すること」としています。

この定義は、以下の3つに分解することができます。

 優越的な関係を背景とした言動であって
 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
 その雇用する労働者の就業環境を害すること

 

なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。

 

⑵ 「職場」とは?

上記のパワハラの定義では、それが「職場」で行われることを前提としています。

ここでの「職場」とは、事業者が雇用する労働者が業務を遂行する場所のことを言います。

労働者が通常就業している場所以外の場所や、勤務時間外であっても、実質上職務の延長であれば、「職場」に該当します。

そのため、例えば、出張先や業務で使用する車内、取引先との接待会場も「職場」に該当します。

 

⑶ 「優越的な関係」を背景とした言動とは?

ここでの「優越的な関係」とは、業務を遂行するにあたって、言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を言います。

例えば、

  1. 職務上の地位が上位
  2. 同僚又は部下ではあるが、業務上必要な知識や豊富な経験を有していて、協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難
  3. 同僚又は部下の集団で、抵抗又は拒絶することが困難

という場合が、「優越的な関係」となります。

なお、パワハラ事案の相談をご希望される企業から話を伺ってみると、この「優越的な関係」を背景とした言動ではない場合が多い印象を受けます。

このように「優越的な関係」を背景としていないけれども、パワハラの他の要件に該当するような言動は、いわゆる「問題行動を起こす社員」の問題ということになります。

問題行動を起こす社員についても、パワハラに該当しないから放置しても良いというわけではなく、企業として別途対応が必要となります。

弊所では、問題行動を起こす社員への対応についても、企業経営者の皆様からご相談やご依頼をいただき、解決しておりますので、お気軽にご相談ください。

 

⑷ 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」とは

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを言います。

これは、概括的な内容となっておりますので、様々な考慮要素を総合的に判断することとなりますが、以下のようなものが例として挙げられます。

  • 業務上明らかに必要性のない言動
  • 業務の目的を大きく逸脱した言動
  • 業務を遂行するための手段として不適切な言動
  • 行為の回数行為者の数など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

 

なお、言動を受ける労働者の行動が問題となる場合には、その問題となる労働者の行動の内容・程度と、それに対する指導の態様等の相対的な関係が、重要な考慮要素となります。

そして、労働者に問題行動があった場合でも、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされれば、パワハラに該当しますので、ご注意ください。

問題行動を起こす労働者への対応は、企業として適切に行う必要があり、弁護士の助言を受けながら進めていくことが好ましいです。

 

⑸ 「労働者の就業環境を害する」とは

「労働者の就業環境を害する」とは、当該言動により、労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じるなどの、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを言います。

なお、この判断においては、当該労働者がどのように感じたかという主観的な観点ではなく、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」という観点から判断することとなります。

 

⑹ パワハラの類型

パワハラに該当すると考えられる行為は多岐にわたりますが、厚生労働省は、パワハラ行為を以下の6類型に分類しています。

この6類型に該当せずともパワハラとなる行為もありますが、代表的なものは網羅されています。

① 身体的な攻撃(暴行・傷害)

【例】

  • 殴打
  • 足蹴り
  • 物を投げつける

② 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

【例】

  • 人格を否定するような言動
  • 必要以上に長時間にわたる厳しい?責を繰り返す
  • 他の者の面前での大声での威圧的な叱責を繰り返す
  • 能力を否定して罵倒するような内容の電子メール複数の労働者宛てに送信

③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

【例】

  • 長期間にわたり別室に隔離または自宅研修
  • 集団で無視

④ 過剰な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

【例】

  • 長期間にわたる肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命令
  • 業務と関係のない私的な雑用の処理を強制

⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

【例】

  • 管理職者に対し退職させるために誰でも遂行可能な業務を命令

⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

【例】

  • 職場外で継続的に監視・私物の写真を撮影
  • 個人情報を本人の了解を得ずに他の労働者へ暴露

4 事業主がとるべき取組みや措置

このようなパワハラを防止するために、厚生労働大臣の指針は、事業主が雇用管理上講ずべき措置を定めています。

この指針により、事業主は以下の措置を取ることが義務付けられています。

 
 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
 その他の措置

 

⑴ 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発

まず、パワハラの内容やパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化して、労働者に周知・啓発しなければなりません。

また、パワハラ行為者に対して厳罰に対処する旨の方針や対処の内容を就業規則等に規定して、周知・啓発することも必要です。

取組例としては、社内規定を作成してパワハラ行為者に対する懲戒規定を定めたり、労働者に対して研修・講習を実施したりすることが考えられます。

 

⑵ 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

相談窓口を設置して、労働者に周知します。

そして、相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じて適せるに対応できるようにすることも必要です。

取組例としては、相談に対応するための制度を設けて、相談窓口担当者のためのマニュアルを作成することが考えられます。

 

⑶ 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応

事実関係を迅速かつ正確に確認し、確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うとともに、行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。

また、再発防止に向けた措置を講ずることも必要です。

取組例としては、担当者が相談者及び行為者の双方から事実関係を確認し、それだけでは事実関係の確認ができない場合には、第三者からも事実関係を確認することが考えられます。また、事実関係を確認した場合には、被害者と行為者との関係改善に向けての援助や、両者を引き離すための配置転換を行うことも必要です。

 

⑷ その他の措置

プライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知しなければなりません。

また、パワハラ相談をしたり、事実関係の確認に協力したりしたことを理由に、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発することも必要です。

取組例としては、相談窓口担当者に必要な研修を行ったり、社内報やパンフレットで周知したりすることが考えられます。

5 改正パワハラ防止法やハラスメント問題への対応は弊所へご相談ください

これまでに説明したとおり、すべての事業主に対しパワハラ防止のための対応が法律で義務付けられています。

企業としてハラスメント問題に適切に対応しなければ、レピュテーションリスクが生じるだけでなく、ハラスメントを受けた労働者がメンタルヘルスの不調となり労災問題に発展してしまう可能性もあります。

さらに、パワハラ防止法の改正に伴って、社内制度を整えたとしても、その後の運用がうまくいかなければ、意味がありません

このような改正パワハラ法やハラスメントに関する問題に適切に対応するためには、弁護士から助言を受けることが有益です。

弊所では、多くの企業や経営者の皆様からハラスメント問題についてのご相談を受け付け、日々対応しております。

センシティブな問題であるハラスメントについて、懇切丁寧に対応いたしますので、まずは吉田総合法律事務所までご相談ください。

また、ハラスメント問題に近接する問題である、問題行動を起こす社員への対処についても、弊所で対応しております。

このような問題を抱えている企業経営者の皆様のご相談をお待ちしております。

 

※ 以下の厚生労働省の資料も併せてご参照ください。

「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

パンフレット「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf

 

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よくある労務問題とは?~近時の注目トピックスから~

会社経営において、労務問題は避けて通れません。また、社会が急激に変化している現代で、企業は常に新しい情報をキャッチし、従業員に対して適切な労務環境を整えなければなりません。

そこで、近時の注目すべきトピックスをピックアップし、隙間時間にお読みいただけるよう簡潔にまとめました。皆様のご参考となれば幸いです。

Q1 団体交渉の誠実交渉義務について判断した山形大学事件の判決を教えてください。

A1

山形大学事件は、使用者である大学の団体交渉における対応が、不当労働行為に当たる旨の申立てを受けた労働員会が出した救済命令について、大学が取消しを求めた行政訴訟です。

この裁判では、団体交渉事項が合意の見込みがない場合において、誠実交渉義務違反を理由に労働委員会が誠実交渉命令を発することができるか否かが争点となりました。

最高裁判所は、結論として、「使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができる」と判断しました(最判令和4年3月18日)。

その理由は、合意の成立する見込みがない場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応じれば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができたり、労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られたりすることから、救済命令をすることは労働委員会の裁量権の範囲内であって適法であるというところにあります。

判決内容の詳細は、こちらをご確認ください。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/291/091291_hanrei.pdf

なお、最高裁判所は、審理を仙台高等裁判所に差し戻しており、最終的な決着はついておりませんが、注目すべき判決ですので、紹介します。

Q2 テレワーク勤務(在宅勤務)の導入に伴って就業規則を変更しようと思いますが、どのような規定に変更したらいいですか?

A2

厚生労働省が、テレワーク勤務に関するモデル就業規則・作成の手引きを公開しておりますので、こちらを参照することをお勧めします。

https://telework.mhlw.go.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/teleworkmodel.pdf

この手引きの内容で、特に注意すべき点をご紹介します。

① 中抜け時間と労働時間
労働基準法上は、中抜け時間は把握せず、始業時間及び就業時間のみを把握することも可能です。
その場合には、中抜け時間も労働時間として取り扱うこととなります。
なお、中抜け時間を把握する場合には、休憩時間として終業時間を繰り下げたり、時間単位の年次有給休暇として取り扱うことになります。

② 給与等の減額
在宅勤務を理由とする基本給等の減額は、不利益変更となるためできません
なお、在宅勤務により労働時間が短くなる場合に、それに応じて減額することは可能です。
また、終日在宅勤務を行い、交通費が発生しない場合には、通勤手当を減額することもできます。

③ 通信費や文具費、備品費等の支給における注意点
通信費等として定額の手当を従業員に支給する場合には、この手当を割増賃金の算定基礎に算入しなければならなくなります。
そのため、割増賃金の算定基礎に関する就業規則の規定も変更することが必要となります。

Q3 中小事業主も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上としなければならなくなると聞きました。詳しく教えてください。

A3

労働基準法37条1項は、長時間労働を抑制する目的で、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は5割以上としなければならないと定めています。
もっとも、中小事業主は猶予措置が取られております。
この猶予措置は、令和5年4月1日に廃止されますので、それ以降は、中小事業主も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上としなければならなくなります。

ここでいう中小事業主とは、資本金の額または出資の総額が3億円(小売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主およびその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいいます(下記表を参照)。

なお、猶予措置期間中であっても、この中小事業主の定義から外れてしまった場合には、その時点で猶予措置の対象から外れますので、割増賃金率を5割以上としなければならなくなります。 

■中小事業主(①または②のいずれかを満たすもの)■

業 種 ① 資本金の額または出資の総額 ②常時使用する従業員の数
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業

(サービス業、医療・福祉等)

5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他の業種

(製造業、建設業、運輸業等の上記以外全て

3億円以下 300人以下

 

Q4 長年にわたって残業代の一部が支払われていないことが判明しました。消滅時効期間が経過している未払い残業代は、請求されることはないと考えていいでしょうか。

A4

未払い残業代は、雇用契約に基づく賃金債権として請求されることが一般的です。
賃金債権の消滅時効は、令和2年4月以前に発生したものは2年間それ以降に発生したものは3年間となっています。
そして、消滅時効期間が経過した未払い残業代については、時効援用により消滅します。
しかし、この消滅時効を避けるため、未払い残業代を不法行為に基づく損害賠償として請求されることがあります。
これについて、賃金の未払いが直ちに不法行為となるのではなく、使用者が賃金の支払い義務を認識しながら労働者による賃金請求が行われるための制度を全く整えなかったり、賃金発生後にその権利行使を殊更妨害したりしたなどの特段の事情が認められる場合に限り、不法行為となるとした裁判例があります(東京地判令和3年8月20日)。
そのため、残業代に未払いが発覚した場合、直ちに不法行為となるわけではありませんが、悪質なケースでは不法行為となる場合があります
そして、不法行為の消滅時効は、損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間ですので、賃金債権の消滅時効期間が経過している場合でも請求される可能性が残ってしまいます。
また、従業員が損害を知らない、つまり、残業代を請求できることを知らない限り、3年の時効期間はスタートしませんので、不法行為に基づく損害賠償請求権は短期の消滅時効にかかりません。

 

Q5 従業員からの要望もあり、これまで禁止していた副業・兼業を認めることにしました。副業・兼業を認めるにあたって、注意することはありますか。

A5

働き方の多様化が進み、副業・兼業を希望する人や副業・兼業を認める企業が増加しています。
企業においても、副業・兼業を認めることは、①優秀な人材の獲得・流出を防止でき競争力が向上する、②労働者が新たな知識・情報や人脈を得ることで事業機会の拡大につながるなどのメリットを得られます。
もっとも、副業・兼業を認める場合には、企業が対応しなければならない点もあります。
この点、厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定しており、この中で、企業の対応における留意点として、①安全配慮義務、②秘密保持義務、③競業避止義務、④誠実義務を指摘しています。
特に、①安全配慮義務として、副業・兼業を含めた労働者の全体としての業務量や労働時間が過重とならないようにしなければならないとされています。
副業・兼業の場合における労働時間の管理については、厚生労働省から通達も出ておりますので、ガイドラインと併せてご参照ください。

 

「副業・兼業の促進に関するガイドライン」

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf

「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第38条第1項の解釈等について」

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T201005K0070.pdf

 

Q6 東京都の時短営業命令について損害賠償請求を求めた裁判の判決が出たと聞きましたが、判決はどのような内容ですか?

A6 

飲食業を営む会社が、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため発出された東京都の時短営業命令が違法であると主張して、東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟を起こし、令和4年5月16日に判決がありました。
東京地裁は、東京都が時短営業命令を発出した時点で、日本政府が緊急事態宣言を4日後に解除する方針を決定しており、時短営業命令の効力が4日間しか生じないことが確定していたにもかかわらず、あえて時短営業命令を発出した必要性を合理的に説明できていないと指摘して、時短営業命令は法律の要件をみたさず違法であると判断しました。
しかし、時短営業命令を発出した当時において、都知事が発出を差し控える旨判断することは期待しえなかったことなどを理由に、都知事の職務上の注意義務違反を認めず、会社の請求は認められませんでした。
つまり、東京都の時短営業命令の発出は、違法ではあるけれども、損害賠償請求は認められないという判決となりました。

 

詳細は、下記の判決文をご確認ください。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/291/091291_hanrei.pdf

 

Q7 経済的な理由から事業継続が不可能になり、会社を解散することにしましたが、従業員を解雇するにあたって注意することはありますか?

A7

新型コロナウイルスの感染拡大のため、経済活動が抑制されてしまい、その結果、会社を解散せざるを得ないこともあります。
会社を解散しても、清算手続きが終了するまでは会社は存続し、従業員との労働契約関係も続くことになります。
そのため、退職合意などに応じてくれない従業員に対しては、解雇を行わなければならなくなり、その際の解雇にも解雇権濫用法理(労契法16条)が適用されます。
もっとも、会社の解散による従業員全員の解雇の場合、整理解雇法理によって解雇権濫用の有無を判断するのではなく、整理解雇の4要素のうち、解雇回避努力義務履行の有無と手続きの妥当性のみが問題となります。

上記を前提として解散に伴う解雇の有効性を判断した裁判例として、東京地判令和3年10月28日があります。

なお、解散ではなく、民事再生や会社再生などの再建型企業倒産手続きにおける解雇には、整理解雇法理が当然適用されます

Q8 会社のレピュテーションリスクの観点から、私生活上の非行を懲戒処分の対象とすることについて、問題はありますか?

A8

懲戒権は、企業の存立と事業の円滑な運営のために会社に認められているものですので、従業員の私生活は対象とならないのが原則です。
しかし、従業員の私生活上の行動が、会社の事業活動の遂行に直接関連したり、社会的評価を低下させたりすることがあります。
このような場合には、従業員の私生活上の行動も、懲戒処分の対象となる場合があります。

例えば、運送業者の従業員が酒気帯び運転により刑事罰を受けた場合や、鉄道会社の従業員が電車内で痴漢行為を行い刑事罰を受けた場合などは、いずれも私生活上の行動であっても懲戒処分の対象となり得ます。

また、SNSへの投稿も、勤務時間外に個人アカウントでされたものは私生活上の行動ですが、会社の社会的評価を低下させるようなものについては、懲戒処分の対象となり得ます。
もっとも、私生活上の行動については、従業員のプライバシーの範囲でもありますので、懲戒事由に該当するか否かや、懲戒処分が相当か否かを慎重に判断しなければならないことにご注意ください。

Q9 職場の電話が鳴った際に、休憩時間中の従業員が電話に出ることがあります。従業員にはその分の賃金を支払うことにしていれば、問題はありませんか?

A9

休憩時間は、労働から完全に解放された時間ですので、電話が鳴ったら電話対応をしなければならない時間や実際に電話対応した時間は含まれません。
その時間は労働時間ですので、当然に賃金が発生します。
もっとも、賃金を支払えば問題が解決するわけではありません
労働基準法では、労働時間が6時間を超える場合には45分、8時間を超える場合には1時間の休憩を、労働時間の途中に与えなければならないとしています(労基法34条1項)。
つまり、6時間を超える労働時間の従業員に対しては、休憩を取らせることが義務付けられており、休憩時間分の賃金を支払ったとしても、この義務はなくなりません。
そのため、従業員に休憩を取らせるためには、休憩時間中は電話対応を行わない体制とすることや、従業員の休憩時間をずらして電話当番を決めることなどを検討する必要があります。

なお、休憩は従業員に一斉に与えなければならないとされており(労基法34条2項)、従業員の休憩時間をずらすには、労使協定で定めておくことが必要ですので、この手続きも忘れないようご注意ください。

Q10 会社の事情により一定期間従業員に労働をさせられなかった場合、賃金を支払えば問題にはなりませんか。

A10

一般的に、労働は労働者が労働契約上負っている義務であり、使用者に対して労働することを請求する権利である就労請求権を持つものではありません。
これを使用者から見ると、労働者の労働を受領する義務はないことを意味します。
そのため、使用者側の事情により労働させなかった場合には、使用者は賃金を支払う必要はありますが(民法536条2項)、労働させなかったことが労働契約の債務不履行となることはありません
このように、労働者の就労請求権は一般論としては認められないものの、事案によっては認められる場合があります。

最近の裁判例では、大学の教員の講義が自らの研究成果を発表し学生との意見交換を通じて学問研究を深化・発展させるものであって教員の権利としての側面を有することや、雇用契約書で最低週4コマの講義を担当することが明記されていることなどから、大学は教員に講義を担当させる義務があり、これに違反したため債務不履行となると判断したものがあります(東京地判令和4年4月7日)。
そのため、雇用契約書等の条項や労働の性質により、労働者の就労請求権が認められる場合があります。
特に、研究業務については、上記判決と同様の考え方により労働者の就労請求権が認められる可能性がありますので、ご注意ください。

 

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社内不正が発生!どうする!?~業務上横領への対応~

1 はじめに

企業が金銭や価値のある物を扱う以上、横領事件発生のリスクは無くなりません。

特に、売上高の増加・攻めの経営にこれまで注力してきた企業は注意が必要です。

経営が順調であると、このままの経営で大丈夫だという考えになりがちです。そのうち着手しようと思いつつも、売上増加には直接結びつかない社内体制の整備・構築は後回しになり、企業規模が小さい時の仕組みのまま扱う金額(リスク)だけが大きくなっていきます。

そしてある日、匿名での通報や、監査、税務調査、取引先からの問い合わせなどにより問題が発覚し、大変な事態になります。横領事件が起これば、資金繰りの悪化や取引先への迷惑だけでなく、内部体制が杜撰な会社であるとの風評被害(レピュテーション・リスク)も起こることがあり、最悪黒字倒産をする事態にもなりかねません。事案によっては、経済的な損害の補填よりもレピュテーション・リスクを考慮する必要も出てくることがあります。

本記事では、横領が発覚した際に企業がとるべき対処方法とその後の対応、今後横領事件を発生させないための方法について解説します。

注意点 シンプルな管理体制のまま、右肩上がりで成長してきた企業は要注意!!

 

 

 

2 総論

金銭の不正については、刑事事件としては、窃盗、業務上横領、背任、詐欺などが成立する可能性があります。それぞれの境界は曖昧な部分があります。行為者の権限や社内慣行など個別の事情により適用される罪が変わってきます。

民事上は損害賠償や解任・解雇、懲戒処分などが問題となります。

以下では、刑事事件として成立しやすい業務上横領に絞り要件等を解説します。

 

3 業務上横領罪とは?

 

⑴ 条文

業務上横領罪は、刑法第253条に規定がされています。

【刑法第253条】

業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。

 

⑵ 要件

上記の条文に関して、業務上横領罪の成立要件は一般に以下のように解されています。

①業務性(社会生活上の地位に基づき反復継続して行われる事務、特に金銭や財物を委託を受けて保管する職務であること)

②委託信任関係に基づく占有(②が欠ける単なる占有物の横領は遺失物等横領罪になる)

③他人の物であること

④横領行為(自己や第三者のために不法に領得すること。講学上は「自己の専有する他人の財物を不法に領得する意思(不法領得の意思)を発現する一切の行為」)

 

⑶ 具体例

具体的としては以下のようなものが挙げられます。

 

・経理が帳簿を改ざんして金銭を得る行為

・現金を回収する従業員が回収金を着服する行為

・在庫商品を管理する社員が在庫商品をネット上で売る行為

 

4 横領の兆候を掴んだらどう動くべきか

⑴ 兆候

匿名での通報、監査での帳簿・在庫数改ざん発覚、税務調査での発覚、取引先からの問い合わせによる発覚などにより、犯人と思われる人物が浮上してくることが一般です。

⑵ 事実関係の調査、本人からの事情聴取

業務上横領の兆候を得たら、まず、社内で証拠収集を行い、できるかぎりの証拠を集めたうえで、本人からの事情聴取を行います。

特にカリスマ性のある創業社長は発覚後すぐに本人に問いただすことで迅速に解決すべきだと考えがちであり、それで成功する場合もありますが、慎重を期すのであれば証拠をできる限り集めた上で問いただすべきです。人間は極力発覚を小出しにしたいという心理が働くため、犯行の全容を語らないことが多く、何も準備をせずに面談に望むと全容を吐かせるせっかくのチャンスを失ってしまうことがあるからです。相当詳細に調査がされているので隠しても無駄だと本人が観念するくらいに準備をして望むのが定石です。

本人が業務上横領を認めた場合は、返済を約束する「支払誓約書」などを提出させます。この際、録音・録画などで支払誓約書の作成が強制・強迫によりされたものでないことを担保することも有益です。必要性に応じて、執行認諾文言を入れた公正証書も作成します。本人が認めないときは本人の言い分を記載した「弁明書」を提出させましょう。

⑶ 本人に対する損害賠償請求、返済請求

本人からの事情聴取が終わったら、横領金の回収を進める必要があります。本人が財産を持っていれば仮差押えや抵当権設定などの手続きにより確保します。例えば本人名義の不動産があり住宅ローンの返済が終わっている場合や預金口座がわかっている場合は回収可能性が高いといえます。

ただ、横領金額に比べ、本人が持っている財産は微々たるものであるケースが一般です。

その際は、身元保証人への請求が可能かを検討します。あるいは刑事告訴などを行うことによって、示談のために親族などから集めてきた金銭での和解提案が本人の弁護士からされ、回収できるケースもあります。

⑷ 懲戒解雇

横領に対する主な処分は、懲戒解雇や諭旨解雇です。

ただ、金額や事情によっては懲戒解雇が無効となる可能性もありますので注意が必要です。例えば、従業員の中でも責任ある立場の者が、出張宿泊時にクオカード付きのプランを度々利用して領得していたこと等を理由として懲戒解雇がされた事案がありました。この懲戒解雇について、その領得した金額は訪問先の社員との懇親に充てていたことなどを重視し、懲戒解雇を無効とした例があります(札幌高判R3.11.17)。

重要なのは、事前に十分な証拠を確保し、事情聴取をすることです。解雇は会社との関係が切れることから遠慮が要らず特にトラブルになりやすいので、慎重に行う必要があります。証拠が不十分であるのに解雇した場合、裁判で敗訴し、多額の金銭を支払う羽目になるケースが少なくありません。証拠や事情に不明確な点や裁判上での立証に耐えられない事情がある場合は、普通解雇とするか、退職勧奨により退職をさせることも検討すべきです。

また、就業規則の懲戒解雇に関する規定をよく確認し、正しい手順で懲戒解雇することも非常に重要です。本人に弁明の機会を適切に与えることはもちろん、就業規則に「懲罰委員会」を招集することが定められているのに社長が勢いで解雇を通告することは裁判では大きな障害となります。

⑸ 刑事告訴

警察は強制捜査権限を有しており民間人の調査では収集できない証拠を得ることができます。本人の自宅への家宅捜索、私物のPCやスマートフォンの押収・解析、銀行口座の履歴の開示などは私人が強制的に行うことはできません。

横領を刑事事件とする場合、一般的な方法としては捜査機関に対して告訴状を提出します。しかし、特に近時はオレオレ詐欺などの犯罪が多発しており、各犯罪の立件までに必要な業務量に比して各警察署の知能犯係に充分なマンパワーが供給されていない印象を受けます。そのため、横領がかなり明らかである場合であっても捜査が充分に行われず、また定期的に行われる担当者の異動による時間的ロスもあり、不起訴となってしまうこともあります。刑事告訴は本来、口頭でもできることとされていますが(刑事訴訟法第241条)、書面(告訴状)で警察が事件の全容を把握するために知りたいと思うであろうことを記載し、裏取り捜査をするだけで起訴ができうるレベルの充実した告訴状を作成することがポイントとなります。例えば、会社や本人の行っていた業務の内容、取引先の情報や事件の背景事情、客観的証拠、本人の告知聴聞時の発言の文字起こし等などを資料としてつけると良いでしょう。告訴については警察署の管轄や時効、罪の選択などでも難しい問題があります。

 

5 業務上横領の時効

⑴ 刑事

業務上横領について刑事事件として立件される可能性がある時効期間は横領から7年(刑事訴訟法250条2項4号)です。時効の起算点は、犯罪行為が終わった時から進行するとされており(同法253条1項)、原則としてそれぞれの横領行為ごとに時効がカウントされます。

⑵ 民事

一方、横領された金銭の返済請求についての時効期間は「被害者が被害の事実と犯人を知ったときから3年間」あるいは「横領されたときから20年間」のいずれか早いほうです(民法第724条)。

 

6 税務面でのリスク

役員報酬を損金とするため、中小企業では通常、定期同額給与(法人税法34条1項1号)で報酬が支給されているものと思われます。

ところで、この「給与」には、債務の免除による利益その他の経済的な利益を含むものとされおり(同条4項)、役員が横領などの不正行為で得た利益も含まれるとする判断がされています。そのため、税務調査などで不正行為が発覚した場合に、企業にとって致命的な結果が生じる可能性があります。

例えば、過去に代表取締役が仕入先に水増請求をさせ不正にバックリベートを受け取っていた事件がありました。会社は、代表取締役に所得税を払わせる形で事実上の制裁を加え、また不正の証拠を税務署の力を借りて得ようとしたのか、税務署に告発を行い、税務調査が実施されました。その結果、税務署は会社に対して、水増しされて支払った金員が代表取締役への「給与」に当たると認定した上、水増し部分について損金性を否定しました。そして、法人税・消費税・源泉所得税、重加算税を課し、青色申告の取消処分を行いました。

会社は税務署を味方につけるつもりが逆に責任を問われたことに憤慨し処分を争いました。裁判で会社は、その金額は会社が支払ったものではなく不正に取得された金銭であるから「給与」ではないこと、職務の対価ではないから「給与」ではないことなどを主張して争いました。しかし、東京地裁平成19年12月20日判決は、バックリベートの指示は代表取締役たる地位に基づいて行われ、給付されたものであるから、法人税法上の「給与」に該当すると判示して会社を敗訴させています。

このように大きな金額の横領があった場合、会社の税務上の問題にまで発展するおそれがあるため、日頃の監査や再発防止策の策定は極めて重要な問題といえます。

 

7 再発防止策の策定

横領事件は、大きな金銭を扱う仕事について、一人に権限が集中し、それが充分に他人にチェックされないという条件を満たすと発生しやすくなります。出金伝票を用いて出金の流れを可視化し、担当者と承認者を分け、ルールを策定し、周知し、ルール通り実行させ、記録に残し、第三者が記録をチェックし、違反があれば処分・改善する、というサイクルを回していくことが重要です。

多くの会社では導入していることですが、ビジネス用途のインターネットバンキングでは振込・振替の内容を承認権限者が承認しないと実行できないように設定ができます。承認者を社長あるいは上位の者とした上で、パスワード漏洩などのセキュリティに気を配り、出金データについて流し読み程度でも定期的に振り返り、出金伝票との照合の機会を設けるようにすることが重要と思われます。

 

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特定商取引法の改正① 申込時の表示規制とは?

2022年6月1日に施行された改正特定商取引法では、通信販売に関する規定を新設し、通信販売の規制を強化しています。

今回の改正法によって、規制対象が広がり、新たに対応が必要となる企業様もおられます。しかし、今回の改正法の内容は非常に細かく複雑で、消費者庁が公表している資料も、量が多くて読み解くにも時間がかかります。

当事務所では、消費者庁の担当者による有料の解説講義を受講し、消費者庁の公表資料を検討するなどして、改正法の内容をQ&A方式でまとめました。

より多くの企業様のご参考になればと思い、ここで紹介いたします。

 

 

Q1 通信販売に関する規定が新設された経緯を教えてください。

A1 

「詐欺的な定期購入商法」が近年増加しており、消費者からの消費生活相談件数が飛躍的に増加しています。

「詐欺的な定期購入商法」の具体的な手口は、以下のようなものです。

① 「初回無料」や「お試し」と表示されているのに、実際には定期購入が条件となっていて、気づかないうちに定期購入を申し込んでしまっていた。

② 「いつでも解約可能」と表示されているのに、実際に解約するためには細かい条件が設定されていて、容易に解約することができなかった。

このような「詐欺的な定期購入商法」を取り締まるために、改正特定商取引法は通信販売に関する規定を新設しました。

(出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

Q2 新設された通信販売に関する規定は、どのような内容ですか?

A2

新設された通信販売に関する規定の内容は、簡単にまとめると以下のとおりです。

① 通信販売の申込時点で取引の基本的事項の表示を義務付け、また、誤認させるような表示を禁止する(法12条の6)。

② 通信販売の申込みの撤回や契約の解除を妨げるために、不実のことを告げる行為を禁止する(法13条の2)。

③ ①に違反する表示により誤認した消費者が申込みをした場合に、申込みを取り消すことができる(法15条の4)。

①や②に違反した場合、違反行為を行った個人及び法人は、行政処分や罰則の対象となります。

また、①や②の違反行為は、適格消費者団体の差止請求の対象とされています。

したがって、現状の表示等が①や②に違反していないかを確認する必要があります。

【関連条文】12条の6、13条の2、15条の4、14条、15条、58条の19、70条、72条、74条など

 

Q3 新設された通信販売に関する規定で、申込時点で表示が義務付けられるのは、どのような場合でしょうか?

A3

改正特定商取引法は、通信販売の申込時点で取引の基本的事項の表示を義務付けていますが、すべての通信販売を対象としているわけではありません。

改正特定商取引法では、事業者が定める様式の

申込書面(カタログ等を利用した通信販売の場合)

または

最終確認画面(インターネットを利用した通信販売の場合)

により通信販売の申込みを受ける場合を申込時点における表示義務の対象としており、この申込みを「特定申込み」と呼んでいます。

例えば、カタログやチラシを利用した通信販売で、カタログなどに添付されている申込用はがきや申込用紙を使用して申し込む場合や、インターネットを利用した通信販売の場合が対象となります。

後者は、いわゆるインターネット通販全般を対象としていますので、インターネット通販を行っている事業者は、すべからく改正法への対応が必要です

他方、事業者が定める様式に基づかない申込みは表示義務の対象外ですので、テレビCMや通販番組を視聴した消費者が電話で申し込む場合は対象となりません。

【関連条文】12条の6第1項

 

Q4 特定申込みの際に申込書面等で表示しなければならない事項は、どのようなものがありますか?

A4 

改正特定商取引法では、特定申込の際に申込書面等で表示しなければならない事項として、以下のものを定めています。

① 分量

② 販売価格または対価

③ 支払時期及び支払方法

④ 引渡時期または移転時期、提供時期

⑤ 申込期間があることとその申込期間(申込期間がある場合のみ)

⑥ 申込みの撤回または解除に関する事項

これらのうち、②~⑥は、通信販売の広告でも表示しなければならないとされている事項です。

しかし、⑤と⑥は、今回の改正により広告の表示規制においても追加・修正されたものですので、広告についても表示内容の確認が必要です。

【関連条文】12条の6第1項、11条各号

 

Q5 特定申込の際に申込書面等で表示しなければならない事項を全て記載すると、とても見づらくなってしまいます。記載を省略することはできますか?

A5

表示が義務付けられている事項は、原則としてすべて申込書面や最終確認画面に記載しなければなりません

しかし、形式上すべての事項を記載できない場合やすべての事項を記載することで、文字が小さくなるなどの理由により分かりにくくなってしまう場合があります。

そのような場合には、参照の対象となる表示事項及びその参照個所を明記することやインターネットでのリンク表示等、広告の該当箇所等を参照する形式とすることができます

例えば、「お申込みの撤回等については、カタログ55ページに掲載しております。『キャンセル・返品・交換についての注意事項』をご確認ください。」と記載することができます。

ただし、申込みの撤回または解除に関する事項は、広告の該当箇所等を参照する形式で表示することができない場合もありますので、ご注意ください(Q9参照)。

 

【チラシやカタログで表示を省略する場合の例】

(出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

【最終確認画面で表示を省略する場合の例】

(出典:消費者庁の「事業者向け説明会資料」)

 

Q6 申込書面や最終確認画面で「分量」を表示する際に、注意することはありますか?

A6

特定申込みの申込書面や最終確認画面で「分量」を記載する場合、商品や役務の態様に応じて、数量や回数、期間等を表示しなければなりません。

定期購入契約の場合には、

① 各回に引き渡す商品の分量

② 引渡回数(総分量が分かるようにするため)

を表示することになります。

サブスクリプションの場合には、

① 役務の提供期間

② 期間内に利用可能な回数があればその内容

を表示することになります。

また、定期購入契約でもサブスクリプションでも、契約期間が無期限であったり自動更新であったりする場合には、その旨も表示する必要があります。

契約期間が無制限である場合には、一定期間を区切った分量を目安として表示することが望ましいとされています。

さらに、同一商品で内容量等が異なるものを販売するときは、消費者が異なるものであることを明確に区別できるよう、内容量等を明記することが必要です。

 

Q7 申込書面や最終確認画面で「販売価格または対価」を表示する際に、注意することはありますか?

A7

「販売価格または対価」を記載する場合、個々の商品の販売価格等だけでなく、支払総額も表示しなければなりません。

この販売価格等には送料も含まれますが、申込の時点で送料等の金額を確定することが困難な場合には、例外的に、その表示に代えて金額が確定後に連絡する旨などを表示することもできます。

また、サブスクリプションでよくみられる、最初の1か月は無料だが1か月を経過した後は有料の契約に自動的に移行するというような場合には、移行時期や支払うこととなる金額をあらかじめ表示する必要があります。

さらに、消費者が解約を申し出るまでは契約が存続する無期限の契約では、一定期間を区切った支払総額を目安として表示することが望ましいとされています。

 

Q8 申込書面や最終確認画面で「申込期間」を表示する際に、注意することはありますか?

A8

まず、「申込期間」を表示しなければならないのは、商品の販売等そのものにかかる申込期間を設定する場合です。

購入制限のカウントダウン期間限定販売等、一定期間を経過すると消費者が商品自体を購入できなくなるものがこれに該当します。

これに対して、個数限定販売等の「期間」ではない販売条件または提供条件がある場合や、価格その他の取引条件(特典、アフターサービスなど)について一定期間に限定して特別の定めを設ける場合は該当しないため、「申込期間」を表示する必要はありません。

また、「申込期間」を表示したというためには、申込期間に関する定めがある旨とその具体的な期間が消費者にとって明確に認識できるようにしなければなりません。

そのため、「今だけ」などと具体的な期間が特定できない表示では、「申込期間」を表示したとはいえません。

 

Q9 申込書面や最終確認画面で「申込みの撤回または解除に関する事項」を表示する際に、注意することはありますか?

A9

まず、「申込みの撤回または解除に関する事項」として、申込みの撤回または解除の条件、方法、効果等を表示しなければなりません。

例えば、解約の申し出に期限がある場合にはその期限を表示する必要がありますし、解約時に違約金が発生する場合にはそのことを表示することが必要です。

また、A3記載のとおり、「申込みの撤回または解除に関する事項」も、広告等を参照する形式で省略して表示することができます。

しかし、解約方法を特定の手段に限定する場合には、広告等を参照する形式で表示することはできず申込書面や最終確認画面で明確に表示しなければなりません。

解約方法を特定の手段に限定する場合の具体例としては、消費者が電話した上で更にメッセージアプリなどを操作しなければならない場合や、解約受付を特定の時間帯に限定している場合があります。

なお、これらの表示をしたからといってすべてが民事的に有効となるものではありません

表示した内容が、不当に消費者の権利を制限し又はその義務を加重する条項となっている場合には、消費者契約法等によって無効となることがありますので、ご注意ください。

なお、消費者庁が公表している詳細な資料については、以下のリンクからご確認ください。

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_transaction/amendment/2021/

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特定商取引法の改正② 申込時の表示規制・不実告知とは?

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債権回収の効果的な方法とは?~支払督促を利用した方法~

本稿では、支払督促を利用した債権回収方法について解説いたします。

支払督促は、金銭の支払いを請求する場合で、債権の存在や内容等に争いがない場合に有用です。債権の存在、内容等について相手方との間に争いがある場合は、訴訟を検討することになります。支払督促では、支払いを求める金額の上限はありませんが、多額な場合は、訴訟を選択することが多いです。

 

事業運営をしている相手方にとって、支払督促を放置しますと、相手方の財産が強制執行されるおそれがでてきます(後記2)。そのため、相手方は支払督促申立てを受け入れて支払いをする確率が高くなります。

他方、手元に資金がない相手方の場合は、支払督促後の強制執行(後記3)も奏功しないことがあります。しかし、その場合でも、支払督促により債務名義を得ることで、たとえ回収できなかった場合でも、貸し倒れとして損金算入が可能になることが多いです(後記5)。

 

金銭の支払いを滞納している相手は、当社だけでなく他のところにも不払いをしていて、他の債権者からも支払いを催促されている場合が多いです。そこで、早めに債権回収に着手することが有利になります。

 

1 催告書の送付

まずは、相手方に対し、催告書を送付します。

催告書には、当方と相手方間の契約の内容、その契約に基づき相手方が支払うべき債務の内容、相手方が支払いを怠っている債務額等について記載し、支払いを催促します。

催告書は、相手方にインパクトを与え、また、後日訴訟提起等を行う場合の証拠にするため、配達証明付き内容証明郵便で郵送することをお勧めいたします。

また、弁護士に委任して弁護士名義で送付しますと、相手方に、当方は支払督促(後記2)等の法的措置を素早くとるのではないかと思わせることができるため、よりインパクトを与えることができます。

催告書の送付が無意味と考えられる状況の場合は、この過程を省略することもあります。

以下に、催告書のサンプルを掲載いたします。

■催告書(サンプル)

 

2 支払督促の申立て

 

催告書を送付しても相手方から任意の支払いをしてもらえない場合、支払督促の申立て等の法的措置をとり、相手方の財産に対する強制執行を検討することになります。

強制執行を行うには、債務名義を得る必要があります。債務名義とは、確定した判決、仮執行の宣言を付した判決、仮執行の宣言を付した支払督促強制執行認諾文言付き公正証書後記4)等をいいます。

支払督促は、簡易・迅速・低廉な費用により行うことができる裁判所の手続です。支払督促を申立て、相手方が異議を出さないまま、仮執行宣言付支払督促が出れば、当方は、相手方の財産に対し強制執行の申立てをすることができます。

なお、相手方が異議を申し立てた場合は、通常の訴訟手続(請求額に応じ、地方裁判所又は簡易裁判所の民事訴訟手続)に移行します。通常の訴訟手続は、支払督促手続と比較して、手間・時間・費用がかかりますが、これによっても、債務名義を得ることができます。

 

3 強制執行

強制執行は、債務名義(前記2)を得た債権者の申立てに基づいて、相手方(債務者)に対する請求権を、裁判所が強制的に実現する手続です。例えば、相手方の預貯金や給与に対する差押え、相手方の不動産に対する競売手続等を言います。

強制執行には、執行の対象の情報、すなわち、相手方の預貯金情報、勤務先情報、不動産情報等が必要ですが、不明な場合、第三者からの情報取得手続という裁判所の手続や、弁護士に委任して弁護士法23条の2による弁護士会照会制度を利用すると、その情報が判明することもあります。

 

4 公正証書作成

催告書の送付(前記1)や支払督促の申立て(前記2)をきっかけに、相手方が任意の支払いに応じることがあります。

ただ、そうであっても、相手方が未払債務を一括で支払うことは少なく、分割払いとなることが多いと思います。この場合、相手方と今後の支払い条件について協議し、合意書等を作成することになります。しかし、長期の分割払いになると、相手方の支払いが滞ることもあるかもしれません。

そこで、相手方の支払いが滞った場合に備え、合意内容を強制執行認諾文言付き公正証書にすることが考えられます。例えば、「300万円を支払う」ことを約束し、この約束に違反したときには「強制執行を受けることを承諾します」旨の条項を入れて、公正証書を作成するということです。

強制執行認諾文言付き公正証書は、債務名義(前記2)ですから、裁判をしなくとも、強制執行の申立て(前記3)をすることができ、不要な支払督促や訴訟を避けることができます。

公正証書は、公証役場で公証人が作成します。弁護士に委任して頂ければ、債権者の代理人として公正証書の案文を起案し、公証役場に赴きます。

 

5 損金算入

前記1~3を行っても債権回収ができない場合は、税法上の貸倒損失として扱うことが考えられます。

貸倒損失は、法人税法22条3項3号の「当該事業年度の損失」に該当するとして、損金の額に算入できます。

どのような場合に貸倒れと判断されるかの基準は、法人税法基本通達9-6-1~3に記載されていますが、詳しくは、税理士にご相談されると良いと思います。

 

当事務所では、前記1~4の全ての手続について、債権者様の代理人として活動することが可能です。取引先からの債権回収にお悩みの際は、ぜひご相談ください。

 

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公益通報の対象事実とは?~パワハラ防止法との関係で~

2022年6月1日に施行された改正公益通報者保護法について、いわゆるパワハラ防止法との関係で公益通報の対象事実の内容を確認しました。
パワハラに関する公益通報も少なくないと予想されますので、ご紹介します。

 

Q1 公益通報者保護法ではどのようなことを公益通報できるとしているのでしょうか?

A1 

公益通報者保護法では、公益通報として通報できる対象事実を以下の2つと定めています。

公益通報者保護法 第2条3項

① 公益通報者保護法並びに別表の法律が規定する犯罪行為の事実及び過料の理由とされている事実
② 別表の法律の規定に基づく処分に違反することが犯罪行為の事実又は過料の理由とされている事実となる場合の、当該処分の理由とされている事実

公益通報者保護法の別表では、刑法や食品衛生法、金融商品取引法等が対象とされておりますが、さらに対象法令を政令に委任しており、合計で493本もの法律が対象とされています(令和4年6月1日時点)。

①については、この493本の法律で刑事罰や行政罰の対象となる行為で、例えば、刑法の暴行罪に当たるような暴行行為によるパワハラ行為が該当します。

②については、直接刑事罰や行政罰の対象となる行為ではないが、その行為が命令等の対象となっており、その命令等違反が刑事罰や行政罰の対象となる場合に、命令等の対象となる行為を、公益通報の対象事実とするものです。

具体例でみると、通信販売の広告の際に必要な表示をしなかったこと(特商法11条)は、直接刑事罰や行政罰の対象とされていませんが、是正措置等の指示の対象となり(同法14条1項)、その指示に違反することは刑事罰の対象となるため(同法71条2号)、通信販売の広告の際に必要な表示をしなかったことが公益通報の対象事実となります。

このように、一見すると公益通報の対象事実とならないと見えるものであっても、②に該当して対象事実となることがありますので、ご注意ください。

なお、公益通報の対象法令は、消費者庁がまとめておりますので、以下のリンクからご確認ください。

 

Q2 パワーハラスメント(いわゆるパワハラ)の通報は、公益通報者保護法の公益通報の対象となるのでしょうか?

A2 

パワハラについては、一般的に以下の6つの類型に分類されています。

パワハラ6類型

① 身体的な攻撃(暴行・傷害)

② 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強要・仕事の妨害)

⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること・仕事を与えないこと)

⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

 

このうち、暴行罪・傷害罪となる①身体的な攻撃と、②精神的な攻撃のうちの脅迫罪・名誉棄損罪・侮辱罪となるものは、刑法で刑事罰が定められているため、公益通報の対象事実となります。

他方、②精神的な攻撃のうち脅迫罪・名誉棄損罪・侮辱罪に当たらないものや③~⑥は、刑法や他の法律で刑事罰や行政罰の対象とされていないため、公益通報の対象事実にはなりません。

なお、いわゆるパワハラ防止法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)との関係で、これらの行為も公益通報の対象事実となるのではないかとお考えの方もおられると思います。

しかし、パワハラ防止法では、パワハラ行為をしたこと自体に対する刑事罰や行政罰を定めていません。

パワハラ防止法が行政罰を定めているのは、事業主がパワハラ防止に必要な体制や措置等について厚生労働大臣から報告を求められたにもかかわらず報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合だけです(同法41条、36条1項)。

そのため、脅迫罪等に当たらない精神的な攻撃によるパワハラについての通報や相談は、公益通報の対象にはなりません。

 

Q3 公益通報受付窓口に寄せられた通報について、脅迫罪等に当たらない精神的な攻撃によるパワハラであるため公益通報の対象にならないと判断して、公益通報として受け付けませんでした。ところが、後日、通報者から脅迫罪に当たるパワハラであったと争われ、結果的に脅迫罪が認定されてしまった場合は、公益通報対応業務従事者は通報に関して、公益通報者保護法の守秘義務(罰則としての刑事罰)を負うことになるのでしょうか?

A3 

公益通報対応業務従事者(以下、「従事者」といいます。)は、正当な理由がなく、公益通報対応業務に関して知り得た事項であって、公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないという守秘義務を負い、この守秘義務に違反した場合には、刑事罰が科されます(法12条、21条)。

この守秘義務については、公益通報であることが前提ですので、公益通報受付窓口で受け付けた通報であっても、通報内容が公益通報の対象事実でないために公益通報とならないものについては、守秘義務の対象にもなりません。

もっとも、公益通報であるか否かを判断することは簡単ではありません。

当初は公益通報の対象事実ではないと判断したけれども、後日に裁判となり、裁判所の判断が出て、その判断によれば対象事実であったことになってしまう(後日、そのことが明確になった)場合はどのように考えるべきでしょうか。

客観的には公益通報として扱うべき事実であったわけですから、従事者には守秘義務が生じていたことになります。

そして、その従事者が、正当な理由なく公益通報者を特定させる事項を漏らした場合は、客観的には守秘義務に違反してしまったことになります。

ただし、守秘義務違反として刑事罰が科されるためには、客観的要件を満たすだけでは足りず、主観的な要件である「故意」が必要となります。

故意がなかったと認められる場合には、刑事罰が科されることはありません。

設問の事例で、公益通報の対象とならないと判断して第三者に漏らしてしまった従事者が、どのような事実を認識していれば(どのような状況であれば)、故意があるということになり、守秘義務違反による刑事罰が科されてしまうかは、ケースバイケースで判断せざるを得ない問題です(この点について当事務所は確認のために消費者庁に電話問合せを行いましたが、個別事案によるもので最終的には裁判所の判断にゆだねられるとの回答を得ております。)。

このことからすると、公益通報受付窓口に通報又は相談があった場合、公益通報の対象事実か否かは慎重に判断すべきであり、安易に「対象事実ではない」と判断することは適切ではないと思われます。

リスク管理の観点からは、公益通報受付窓口に通報又は相談があったものについては、後日になって刑事罰の問題に直面しないためにも、守秘義務違反とならない徹底した情報管理を行うことを検討した方がよいかもしれません。

 

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顧問弁護士が従事者として公益通報対応業務を行うことの注意点とは?

*本設問と回答は、労働者が301人以上の事業、及び、労働者が301人未満であるが任意で公益通報対応業務従事者(従事者)を指定する事業者を対象にしております。

そのため、労働者が301人未満で、かつ、公益通報対応業務従事者(従事者)を指定しない事業者には本設問と回答は必要ありませんので、ご注意下さい。

≪参考資料≫
公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を計るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号)

公益津放射保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説/消費者庁作成

Q1 顧問弁護士に公益通報窓口となってもらう場合、その顧問弁護士1名だけを公益通報対応業務従事者(以下、「従事者」といいます。)に指定すれば良いのでしょうか?

A1
労働者が301人以上の事業者が指定しなければならない従事者は、「公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者」です(指針第3-1参照)。

公益通報窓口として公益通報を受け付ける者は、公益通報者を特定させる事項を必然的に知ることになりますので、従事者に指定しなければなりません。

公益通報窓口については、組織の長その他幹部からの独立性の確保の観点から、外部に委託することが推奨されており、顧問弁護士も外部委託先の候補となります。

顧問弁護士に公益通報窓口を依頼する場合、従事者と指定した顧問弁護士のみが窓口対応を行うのであれば、従事者として指定するのはその顧問弁護士だけで足りるかもしれません。

しかし、すべての公益通報を顧問弁護士一人だけで受け付けるのは現実的ではありません。

一般的には、従事者として指定された顧問弁護士だけでなく、その法律事務所の事務職員も公益通報を受け付けることになると思われます。

このような場合には、公益通報を受け付ける事務職員も、従事者として指定しなければなりません(注記参照)。

また、受け付けた公益通報の調査や是正措置も顧問弁護士に依頼する場合、その顧問弁護士が、同じ法律事務所のアソシエイト弁護士などに協力してもらうことも一般的です。

この時に、アソシエイト弁護士に対して、公益通報者を特定させる情報を除外して情報を共有した場合には、アソシエイト弁護士を従事者として指定する必要はありません。

しかし、具体的な検討を行うためには、公益通報者を特定させる情報を共有しなければならないケースもあります。

そのような場合には、事業者は、アソシエイト弁護士も従事者として指定しなければなりません。

このように、顧問弁護士に公益通報窓口となってもらうとしても、顧問弁護士のみを従事者として指定するだけでは足りないケースがほとんどです。

顧問弁護士に公益通報窓口等を依頼する場合には、実際の業務フローを確認したうえで、必要な人を従事者として指定する必要があります。

また、事務職員は、顧問弁護士の法律事務所に勤務し続けるわけではなく、いつかは退職します。

アソシエイト弁護士も、いずれ独立や他事務所への移籍により、顧問弁護士の法律事務所からいなくなる可能性があります。

そのため、顧問弁護士にとって、事務職員やアソシエイト弁護士を従事者とすることは無期限の刑事罰としての守秘義務があることから、非常にセンシティブな問題となります。

Q2 公益通報窓口として従事者となった顧問弁護士が、法律事務所内で、従事者指定されていない弁護士や事務職員に対し、「当該業務に関して公益通報者を特定させる事項」を情報共有することは、公益通報者保護法の守秘義務に違反するでしょうか?

A2 
従事者は、正当な理由なく、公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならず、この守秘義務に違反した場合には、刑事罰があります。

従事者である顧問弁護士が、公益通報窓口で受け付けた内容のうち公益通報者を特定させる事項を、従事者ではないアソシエイト弁護士や事務職員に対し、業務のために情報共有した場合は、「公益通報対応業務に関して知り得た事項であって、公益通報者を特定させるものを漏らした」ことに該当し、上記の守秘義務違反として刑事罰の対象になります。

なお、業務に必要な範囲で情報共有したのであれば、「正当な理由」に当たり守秘義務違反とならないのではないかとお考えの方もおられると思います。

しかし、消費者庁は、この「正当な理由」の例として以下の①~④を挙げております(消費者庁HPの「従事者に関するQ&A(Q9)」参照。)。

① 公益通報者本人の同意がある場合

② 法令に基づく場合

③ 調査等で必要な範囲において従事者間で情報共有する場合

④ 調査又は是正措置を実施するに当たり、従事者の指定を受けていない者(例えば、通報対象事実に係る業務執行部門の関係者等)に対し、公益通報があったことも含めて公益通報者を特定させる事項を伝えなければ調査又は是正措置を実施させることができない場合(例えば、ハラスメントが公益通報に該当する場合等において、公益通報者が通報対象事実に関する被害者と同一人物である等のために、調査等を進める上で、公益通報者の排他的な特定を避けることが著しく困難であり、当該調査等が法令違反の是正等に当たってやむを得ないものである場合)

そして、従事者である顧問弁護士が従事者でないアソシエイト弁護士や事務職員に情報を共有することは①~④のいずれにも該当しません

公益通報者を保護するという公益通報者保護法の目的から考えると、この守秘義務の例外である「正当な理由」は、限定的に解釈されます。

そして、例として挙げられていないものについては、原則として「正当な理由」には該当しないと考えざるを得ません。

従って、業務上の必要があるとしても、従事者でないアソシエイト弁護士や事務職員に対して、公益通報者を特定させる情報を共有する行為は、公益通報者保護法の守秘義務違反となると考えられます。

(この点について当事務所は確認のために消費者庁に電話問い合わせを行い、上記の趣旨の回答を得ております。)

守秘義務違反にならないためには、情報を共有する可能性のある者を全て従事者と指定しておくことが必要です(上記「正当な理由」の例の③に該当します。)。

事業者は、従事者に守秘義務違反を理由とする刑事罰が科されないよう、必要な範囲で従事者の指定をしなければならないことにご注意ください。

Q3 顧問弁護士に公益通報受付窓口となってもらえば、「組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置」はとられていると考えてよいのでしょうか?

A3
改正公益通報者保護法では、事業者は、「公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」をとらなければならないとされ(11条2項)、その一つとして、組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置をとることが要求されています(指針解説第3Ⅱ1⑵)。

そして、「組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置」の具体例として、公益通報受付窓口を外部委託先や親会社等に設置することが挙げられています。

顧問弁護士も外部委託先の候補となりますが、利益相反の観点

からは注意が必要です。

すなわち、「公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」として、独立性の確保に関する措置の他に、利益相反排除に関する措置もとらなければならないとされています。

そして、利益相反の観点から、顧問弁護士は、事業者の顧問であるために公益通報をすることを躊躇する者が存在し、このことが通報対象事実の早期把握を妨げるおそれがあるという指摘がされています(指針解説第3Ⅱ1⑷④)。

また、通報対象事実の内容によっては、顧問弁護士が公益通報を受け付けたり、調査・是正したりすることが、中立性や公正性に疑義が生じるおそれもあります。

そのため、顧問弁護士を公益通報受付窓口とすることは、独立性の確保に関する措置をとったと考えることはできそうですが、顧問弁護士と事業者(会社)との密接関係から公益通報を妨げるようなことはないか、中立性や公正性に疑義が生じるおそれがないか、といった利益相反の問題が生じるか否かも検討事項になります。

このように、顧問弁護士に公益通報受付窓口等を依頼すればすべて安心、というわけではありませんのでご注意ください。

また、公益通報の内容が、代表取締役社長やその他の取締役の違法行為であることもありえます。

上記の場合については、現時点の文献上では明確に問題設定されていないようですが、会社の経営者(経営陣)に関する通報について、顧問弁護士が公益通報者保護法の従事者として業務遂行することで、顧問弁護士にとっては公益通報対応業務の義務と弁護士倫理上の義務が衝突するというセンシティブな問題が生じないかという問題です。

この問題は会社経営者にとってみれば、重大な問題なのに、いざというときに顧問弁護士の活動を得ることができなくなる、という事態を意味します。

なお、当然のことですが、顧問弁護士に公益通報受付窓口となってもらった場合には、そのことを労働者や役員等に周知するとともに、公益通報をしようとする人が通報先を選択するにあたっての判断に資する情報を提供する必要があります(指針解説第3Ⅱ1⑷④)。

【注記】
消費者庁の指針解説では、公益通報の受付、調査、是正に必要な措置について、主体的に行っておらず、かつ重要な部分に関与していない者は、公益通報対応業務を行っているとはいえないことから、従事者と指定しなくて良いとされています(指針解説注8)。
そのため、法律事務所の事務職員やアソシエイト弁護士が、公益通報対応業務に関わったとしても、そのかかわり方次第では、従事者と指定しなくとも良い場合もありえます。
しかしその区分は明確ではありません。
 

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公益通報対応業務従事者と守秘義務について

2022年6月1日に施行された改正公益通報者保護法についてご質問をいただく機会があり、公益通報者保護法を確認しました。すべての事業者の方々に関係する法改正にもかかわらず、未だ詳細な解説がなされているとはいえない状況ですので、ご紹介します。

≪参考資料≫
公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を計るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号)

Q1公益通報者保護法で刑事罰としての守秘義務を負うことになるのは、どのような人をいうのでしょうか?

A1
公益通報者保護法では、公益通報対応業務従事者と公益通報対応業務従事者であった者(以下、「従事者等」といいます。)に守秘義務を課し(12条)、守秘義務に違反した者に刑事罰を科しています(21条)。

公益通報対応業務従事者とは、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者をいいます(指針参照)。

そして、従事者等は、正当な理由がなく、公益通報対応業務に関して知り得た事実で公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないと公益通報者保護法で規定されています。

このように、従事者等は、刑事罰としての守秘義務という重い責任を負わされることになります(刑事罰としての守秘義務を負う期間については、Q2参照。)。

ただし、刑事罰としての守秘義務を負う従事者等は、公益通報対応業務を行った者の全員が該当するものではありません。

改正公益通報者保護法上、刑事罰としての守秘義務を負うのは、事業者に定められた従事者等のみとされています。

そのため、公益通報対応業務を行ったとしても、事業者から従事者として定められていなければ、公益通報者保護法の刑事罰としての守秘義務を負うことはありません。

公益通報対応業務を行う者の負担を軽減するためには、事業者が従事者を定める範囲は必要最小限にするのが良いでしょう。

なお、従事者として定められていない者であっても、範囲外共有などを禁止した就業規則等に違反すると、当該規則等に従った懲戒処分を受ける可能性はあります。

 

Q2刑事罰としての守秘義務はいつまで負うことになるのでしょうか?

A2
公益通報者保護法は、従事者だけでなく、従事者であった者も刑事罰としての守秘義務を負うとしています。

そのため、従事者でなくなったとしても、刑事罰としての守秘義務を負うことになります。

さらに、公益通報者保護法では、刑事罰としての守秘義務を負う期間を定めていません。

したがって、一度従事者となった者は、いつまでも刑事罰としての守秘義務を負い続けることになります。

この点、刑事罰には公訴時効制度があり、公益通報者保護法の守秘義務違反は、3年経過すれば罪に問われないことになります(刑事訴訟法250条2項6号)。

しかし、この3年という公訴時効は、守秘義務に違反する行為をした時から起算されます。

また、一度守秘義務に違反する行為をしたからといって、守秘義務がなくなるわけではありません。

そのため、公訴時効制度によって従事者等が負う刑事罰としての守秘義務がなくなるということはありません。

例えば、従事者であった者が、従事者でなくなった時から10年後に公益通報対応業務で知った事項で公益通報者を特定させる情報を漏らした場合には、守秘義務違反として刑事罰が科されます。

ただし、上記の情報を漏らしてから3年経過したときには、公訴時効の3年が経過しているので、このことを理由として刑事罰が科されることはありません。

なお、これとは別に、新たに情報を漏らした場合には、その新たな情報漏洩を理由に守秘義務違反として刑事罰が科されることになります。

 

Q3どのような行為が公益通報者保護法の守秘義務の違反とされるのでしょうか?

A3
刑事罰の大原則として、「法律に特別の規定がない限り故意(罪を犯す意思)がない行為は罰しない」という考えがあります(刑法38条1項)。

そのため、不注意(過失)により誤って犯罪行為をしてしまった場合には、過失も処罰することが法律で定めていない限り、刑事罰を受けることはありません。

公益通報者保護法では、守秘義務に違反した従事者等は、30万円以下の罰金に処すると規定しています。

ここでは、過失で守秘義務に違反してしまった場合のことは規定されておりませんので、故意がある場合のみ刑事罰を科し、過失しかない場合には刑事罰は科さないということになります。

そのため、メールやFAXの誤送信によって誤って情報を漏らしてしまったような場合には、従事者等が守秘義務違反として刑事罰を受けることはありません。

この意味では、従事者等の守秘義務の範囲が制限されているといえます。

なお、公益通報者保護法では、守秘義務について、正当な理由なく公益通報対応業務に関して知り得た情報であって「公益通報者を特定させるもの」を漏らしてはならないと規定しています。

この「公益通報者を特定させるもの」には、公益通報者の氏名や社員番号が含まれるのは当然ですが、性別などの一般的な属性であっても、ほかの事項と照合することによって公益通報者を特定できてしまう事項も含まれます(「公益通報者保護法に基づく指針の解説」注6参照)。

このように、守秘義務として漏らしてはならない情報の範囲が不明確ですので、情報の取扱いには注意が必要です。

 

Q4労働者300人以下の事業者で公益通報対応業務従事者(以下、「従事者」といいます。)を定めていない場合、社内の相談窓口に公益通報がされたときは、公益通報に対応する者を一時的にでも従事者と定めなければならないのでしょうか?

A4
そもそも、今回の公益通報者保護法の改正で、労働者が300人以下の事業者は、公益通報対応業務を行う従事者を定めることや、公益通報体制の整備等を行うことは、努力義務とされています(11条3項)。

これは、実際に社内の相談窓口等に公益通報がなされた場合でも変わりません。

そのため、社内の相談窓口等に公益通報がなされて対応した場合であっても、対応した者を従事者と定める必要はありません。

 

Q5いわゆるパワハラ防止法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)も公益通報の対象になりますか?

A5
公益通報の対象は、公益通報者保護法が定める法律に違反する行為のうち、刑事罰または行政罰の対象となるものです(2条1項3項)。

そして、パワハラ防止法も、公益通報者保護法で公益通報の対象に含まれています。

しかし、パワハラ防止法に違反する行為がすべて公益通報の対象となるわけではありません。

パワハラ防止法で刑事罰または行政罰と規定されている違反行為のみが、公益通報の対象となります。

そして、パワハラ防止法で刑事罰または行政罰と規定されているのは、厚生労働大臣から求められた報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合です(パワハラ防止法40条1項)。

そのため、例えば、パワハラの相談に会社が適切に対応してくれなかったという通報があったとしても、この通報は公益通報ではありません。

なお、当然のことですが、パワハラ行為のうち殴る蹴るといった刑法の暴行罪・傷害罪等に当たる場合には、そのパワハラ行為を通報することは公益通報の対象となりますので、ご注意ください。

 

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