[第4号] AV出演拒否違約金判決について
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吉田良夫メールマガジン [第4号]
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今月のメルマガ 2015年11月
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法律コラム ~ AV出演拒否違約金判決について ~
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皆様
こんにちは。メルマガ第4号です。
さて、今回と次回は9月に新聞各紙で掲載された2つの東京地方裁判所の
判決について紹介することにします。
1つは9月18日に言い渡された、元アイドルがプロダクションと契約した
「交際禁止条項」に違反して異性と交際したことを根拠に約65万円の
損害賠償請求を認めた判決です。これは、
「交際禁止」違反 元アイドルに賠償命令
…東京地裁 「男性ファン獲得に条項必要」
という見出しなどで紹介された判決です。
もう1つは、9月9日付けで言い渡された判決ですが、9月25日に確定し
その後の29日の記者会見後に新聞各紙で報道されたものです。
内容は、アダルトビデオに1本出演してしまった女性が、出演の際に
10本出演すること及び出演しない場合は高額な違約金を支払うことを
内容とする契約を締結し(締結させられてしまい)、その後に
出演拒否をしたところ、契約先のプロダクションから約2460万円の請求を
された事案で、裁判所は支払う必要はないという判決を下しました。
まず、「AV出演拒否」 違約金請求棄却の方から紹介します。
この判決は新聞各紙で記事になったのですが、各紙とも簡略な記載のため事案の
深刻性と判決の論理内容がわかりにくくなっています。
そこで今回は私のメルマガで取り上げることにしました。
本件の詳細はこの事件の女性側代理人の伊藤和子弁護士のブログ
http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/
が詳細に事情の説明をしています。
また、伊藤弁護士の所属事務所のHPに本件判決がPDFで掲載されています。
http://mimosaforestlawoffice.com/documents/20151002_hanketsubun.pdf
なお、私が確認した限りでは伊藤弁護士のブログ及びHPしか情報がありません
でした。
AV出演というと、それなりの覚悟があってのことだろう、そういうことは慣れ
ているのだろう、と思われる方もいるかもしれませんが、私が
メルマガで取り上げる事案ですから、もうしばらくお読みください。
…どんな事案だったのか…
被告AV出演拒否の女性は、高校生当時、地元の駅の改札前でスカウトされ、
原告のプロダクションのタレントになった。女子高校生だった彼女は普通の
タレントになるつもりで、ポルノ的なことは考えていなかった。
その後、プロダクションは、その女性(未成年)との間で彼女がマネジメント
業務に協力しない場合には違約金が発生するという内容の「営業委託契約」
を締結した。
伊藤弁護士のブログには…
「契約書の内容は難しくて未成年の女性には理解できなかったが、プロダク
ションからろくな説明もなく親権者の同意もないまま、女性はサイン、
最後まで契約書のコピーももらえなかった。」
…という説明がなされています。
通常のビジネスに係わる方ですら契約書の意味を把握しにくいことが普通です。
彼女が契約書の意味を理解できなかったとしても不思議はありません。
その後、プロダクションは女性に無断で仕事を入れ、女性が辞めたいと言っても
「契約した以上従う義務がある」
「辞めれば100万円の違約金が発生する」
「撮影に来なければ親に連絡する」
等と脅され、出演を強要されたそうです。
そのうえ、未成年時はすべての報酬はプロダクションがとり、本人には一円も
支払わなかったとのことです。 以上は未成年時代のことです。
さて、女性が20歳になったら、プロダクションは、女性に断りなくアダルト
ビデオへの出演を決定し、無理に出演させたということです。
この出演の際の状況についても伊藤弁護士のブログには詳細に状況の説明が
なされていますので、詳しくはそちらをお読みいただきたいのですが、
このメルマガでは以下を指摘させていただきます。
… … …
・女性はこの時も、何度となくやめてほしいと述べたものの、指示に従わ
なければ違約金を支払うしかないと脅され、1本のAV撮影を強要された。
・女性は、この撮影の1日目が終わった直後に2回目の契約書への署名捺印を
させられた。
・女性はこの撮影後、アダルトビデオはやめさせてほしい、と頼んだが、
プロダクションは既にあと9本のアダルトビデオの撮影が決まっている、
と告げ、「違約金は1000万円にのぼる」「9本撮影しないとやめられ
ない」と脅迫した。
・民間の支援団体に相談に駆け込み、そのアドバイスにより、契約を解除する
と通告した。
・これに対し、プロダクションは脅したり実力を使い、さらに強要しようと
したが、強要できないとわかると、金2400万円以上の違約金を求め、提訴した。
以上が本件の事案のようです。
…裁判で原告プロダクションが請求した内容…
原告のプロダクションは裁判で2460万円もの大金を請求しました。
金額も驚愕ですが、その根拠も驚愕です。
・被告女性は約束していた9作品への出演を断ったが、1作品について220万円を
得ることができたはずだから、本来得られたであろう利益として合計1980万円
を請求する。
内訳は以下のとおりです。
プロダクションは制作会社との間で女性を出演させることにより1作品300万円の
売り上げを得ることになっていて、女性には出演料としてその中から80万円を
支払い、その残額220万円をプロダクションの取り分にすることになっていた。
しかし、女性が出演しなくなったので、220万円の9本分の利益が得られなく
なった。その9本分が1980万円という主張です。
・その他として、撮影キャンセルの損害が80万円、売込経費が400万円という
主張だったそうです。
…裁判所はどのような理由で請求を否定したのか…
伊藤弁護士のブログ及びHP掲載の判決PDFによりますと、裁判所の判決のポイ
ントは以下となります。
・女性がプロダクションと合意した契約は、「原告が所属タレントないし
所属AV女優として被告を抱え、原告の指示のもとに原告が決めたアダルト
ビデオ等に出演させることを内容とする『雇用類似の契約』であった。」。
※雇用契約となると民法の雇用および労働関係の法律が適用され、
契約については、「やむを得ない事由」(民法628条)があれば
即時解除することが出来ることになる。
・判決はアダルトビデオ出演という業務について、「アダルトビデオへの出演は、
原告が指定する男性と性行為等をすることを内容とするものであるから、
出演者である被告の意に反してこれに従事させることが許されない性質のもの
といえる。」 と判示した。
・結論として、「原告は、被告の意に反するにもかかわらず、被告のアダルト
ビデオへの出演を決定し、被告に対し、第2次契約に基づき、金1000万円という
莫大な違約金がかかることを告げて、アダルトビデオの撮影に従事させようと
した。したがって、被告には、このような原告との間の第2次契約を解除する
『やむを得ない事由』があったといえる。」
このような論理で、裁判所は女性が契約解除を通告したので、それ以降、
いかなる債務も負わないことになり、プロダクションにお金を支払う義務はない
という判断したとのことです。
…・…・…・…
本件訴訟について裁判所は記録全部の閲覧謄写制限をしたそうです。
女性のプライバシー保護の観点からは大変良いことです。
私のコメントですが、読者の中には、裁判所が本件合意を「雇用類似の契約」と
判断したことについて違和感を覚える方もいるかもしれません。
しかし、本件事案を公序良俗違反とか権利濫用という一般条項で解決してしまう
と救済されるのは本件事案だけということになります。
しかも公序良俗違反・権利濫用(一般条項)は例外的に認められるものですから、
類似事案に同じ救済ができるかどうかは「わからない」ということになってしま
います。
これに対し、本件判決は「雇用類似の契約」という考え方をしたので、同種事案
に対して民法628条の「やむを得ない事由」があるかを検討することができて
救済範囲が拡大します。
だからこそ裁判所は本件AV出演契約を「雇用類似の契約」であると判示したの
だろうと思います。
つまり、裁判所はあるべき正義の姿を考えて、その正義を実現するための
法的構成と理由を考えます。
そして、雇用類似の契約ということにすれば民法の雇用の規定の中の「やむを得
ない事由」による契約解除(民法628条)を使うことができて、それにより本
件だけでなく類似事案に対しても法的に契約解除を導くことができると考えたの
だろうと思います。
この判決は合議制(裁判官3名で担当する事件のこと)で出された判決ですが、
裁判長は原克也裁判官です。
そこでこの原克也裁判官の経歴を調べますと、平成3年から裁判官となり、司法
研修所教官も勤め、現在は東京地裁の部総括判事です(東京地裁に多数ある民事部の中の
1つの部を総括する裁判官という意味です)。
この判決は事案から考えて当然の判決ですが、裁判所が正しい判断を下して正義
を実現した判決というべきです。
他方で、私が「そんなことがあるか?」と本心でビックリした判決が、
一番最初にご紹介した「元アイドル交際禁止条項違反で賠償金」の判決です。
これについては、次回第5号でご説明しますので、次回もよろしくお願いいたし
ます。
今月もお読みいただきありがとうございました。
吉田 良夫