~現場の信頼を失った組織は、外敵に敗れる前に内部から崩れる~
はじめに|戦術の英雄談に隠された「兵站」の重要性
ビジネスの世界では、画期的な新技術、カリスマ経営者の英断、競合を出し抜くマーケティングなど、「華々しい戦術」にどうしても目が行きます。
戦国史で有名な「織田信長の鉄砲三段撃ちが武田の騎馬軍団を撃ち破った」という長篠の戦いのイメージも、その一つかもしれません。しかし近年の研究では、私たちがよく知る「織田軍の鉄砲三段撃ち対武田騎馬軍団の一斉突撃」という単純な構図は、史実とはかなり異なると考えられているようです。私も驚きました。
そして、信玄の後を継いだ武田勝頼についても、かつての「武田家を滅ぼした暗愚な二代目」という評価から、近年では、領国を拡大し、軍制や領国経営の立て直しにも取り組んだ能力の高い武将だったと再評価されています。
それでも武田家は勝頼の代で滅亡しました。
軍事の世界には「アマチュアは戦術を語り、プロは兵站(ロジスティクス)を語る」という格言があるそうです。
どれほど優れた戦術や人材があっても、それを支える経済力や補給が続かなければ組織は戦えません。これは戦国時代だけでなく、現代企業にも通じる話ではないでしょうか。
1 「稼ぐ力」を超えた拡大は組織の余力を奪う
長篠の敗戦後、勝頼は戦力の立て直しを進め、さらに新府城の築城という大事業にも取り組みました。
しかし、長期化する戦争によって人的・物的負担が増大する一方、大規模な築城も進めなければならない。現代企業に置き換えれば、収益基盤が苦しくなる中で、人件費・運転資金・設備投資が同時に膨らんでいくような状況だったのではないでしょうか。
企業でも、本業の「稼ぐ力」が十分でないまま人員を増やし、大規模な設備投資を続ければ、やがて資金や経営資源に余裕がなくなります。
そして、組織から「余力」が失われたとき、その影響は単なる資金繰りにとどまりません。
2 現場を救えなくなった組織は、信頼を失う
そのことを象徴するのが「高天神城の見殺し」と呼ばれる出来事です。
徳川軍に包囲された高天神城に対し、勝頼は救援軍を送ることができませんでした。
救援するには、大軍を遠江まで送り、その軍を維持するだけの兵糧・兵力・資金が必要です。当時の武田家を取り巻く軍事情勢も厳しく、勝頼には高天神城を救援するだけの十分な余力がなかったと考えられています。
勝頼にも事情があったのでしょう。
しかし、城を守る武将や家臣の側から見ればどうでしょうか。
「いざというとき、武田家は自分たちを助けてくれない。」
そう受け止められれば、主君への信頼は失われます。その後、武田家では身内や重臣の離反が相次ぎました。織田・徳川という強大な外敵に敗れる以前に、組織は内部から崩れ始めていたという見方もできると思います。
これは現代企業でも同じかもしれません。
会社が現場に高い目標を要求する一方、それを実現するための人員、時間、予算を十分に与えない。業績が悪くなれば、さらに厳しいノルマやコスト削減を求める。
それでも現場は「結果を出せ」と要求される。
こうした状態が続けば、従業員の会社に対する信頼や帰属意識が失われるだけでなく、品質不良、不正会計、データ改ざんなどのコンプライアンス違反を生み出す土壌にもなりかねません。
もちろん、収益力が高ければ不祥事が起きないという単純な話ではありません。
しかし、現場に目標を課すのであれば、それを適正に達成するための「補給線」を用意することも経営の責任ではないでしょうか。
3 「稼ぐ力」もリスクマネジメントである
一方の織田信長は、支配下の城下町で楽市政策を採用するなど商業・流通を重視し、畿内の豊かな経済圏へ勢力を拡大していきました。
私は、長篠の勝敗を単に鉄砲の撃ち方だけで説明するより、大量の鉄砲、弾薬、兵糧、人員を用意し、戦場まで運び、戦い続けられる経済力と組織力にも目を向ける必要があるように思います。
現代企業でも、コンプライアンス規程の整備や監査体制の強化は重要です。
しかし、それらを本当に機能させるためには、企業が健全に「稼ぎ続ける力」も必要です。
収益力があれば、経営者は現場に無理なノルマや過剰なコスト削減を強いる必要が少なくなります。
必要な人材を配置し、適切な設備投資を行い、従業員や取引先を支える余力も生まれます。
そして、その「余力」が、現場を追い詰めることで生じる不正を防ぎ、企業に対する信頼を守ることにもつながるのではないでしょうか。
結び|現場への「補給線」は大丈夫ですか?
今回、武田勝頼について改めて調べてみて、私自身、大河ドラマや小説などから受けていたイメージとは違う部分がありました。
有能なリーダーがいても、組織を支える兵站が弱れば、やがて現場を守れなくなる。
現場を守れなくなれば、信頼を失う。
そして信頼を失った組織は、外敵に敗れる前に内部から崩れていくことがあります。
戦国時代の「兵站」は、現代企業でいえば、資金、人材、時間、設備など、現場が正しく仕事をするための経営資源なのかもしれません。
企業の「稼ぐ力」は、単に利益を増やすためだけのものではありません。
現場を守り、従業員を守り、取引先を守り、そして企業への信頼を守るための大切な「補給線」でもある。
最近の著名企業の不祥事などを見ていても、そのことを改めて考えさせられます。
皆様の会社では、現場を追い詰めてはいないでしょうか。
そして、現場への「補給線」は十分でしょうか。
来月もどうかよろしくお願いいたします。
吉田総合法律事務所
所長 吉田 良夫