[第5号] 元アイドル交際禁止条項違反で賠償金の判決について

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吉田良夫メールマガジン [第5号]
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今月のメルマガ              2015年12月
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法律コラム

~ 元アイドル交際禁止条項違反で賠償金の判決について ~

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皆様

こんにちは。メルマガ第5号です。

今回は前回第4号で少しだけお伝えした、東京地方裁判所
(裁判官 児島章明)が今年の9月18日に言い渡した
「元アイドル交際禁止条項違反で賠償金」
の判決を題材に裁判の本質のようなことを考えてみたいと思います。

…この事案の概要は以下の通りです…

当時15歳の少女が、2013年3月にアイドルになるためにプロダクションと
専属契約書を締結した。その契約条項には「ファンとの交際が発覚した
場合は、プロダクションは契約を解除し、損害賠償を請求できる」と
いう内容の定めがあった。
また、そのプロダクションには「男友達と2人で遊ぶこと、写真を撮る
ことは一切禁止」という規約があった。

少女はその年の7月にアイドルグループとしてデビューしたが、
10月上旬に男性との交際写真を撮られ、その写真はプロダクションに
渡った。
この時点で交際は世間に知られていなかったが、プロダクションは
10月下旬にそのアイドルグループを解散した。
そして、プロダクションはそのアイドルグループによって得ることが
できたはずの利益として510万円を請求した、
という事案です。

そして、児島章明裁判官は、当時15歳の少女が異性と交際したことが
プロダクションに対する不法行為に該当するので、結論として65万円を
支払えという判決を下しました。
少女は東京高等裁判所で争うことをしないで、この判決は確定したようです。

…判決のポイント…

本件グループはアイドルグループである以上、メンバーが男性ファンら
から支持を獲得し、チケットやグッズ等を多く購入してもらうためには、
メンバーが異性と交際を行わないことや、これを担保するためにメンバーに
対し交際禁止条項を課すことが必要だったとの事実が認められる。

アイドルおよびその所属する芸能プロダクションにとって、アイドルの
交際が発覚することは、アイドルや芸能プロダクションに多大な社会的
イメージの悪化をもたらすのであり、交際禁止条項を設ける必要性は相当高い。

被告少女は、当時本件契約等を締結してアイドルとして活動しており、
本件交際が発覚するなどすれば本件グループの活動にも影響が生じ、
原告ら(注:プロダクション会社)に損害が生じうることは容易に認識可能
であったと認めるのが相当である。
そうすると被告少女が本件交際に及んだ行為が、原告らに対する不法行為を
構成する。

被告少女は交際禁止条項があることを知りながら、故意または過失により
これに違反し、本件交際及び発覚に至ったことは明らかであるから、
債務不履行責任および不法行為責任を負う。

芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、
これにより人気を上昇させてチケットやグッズ等の売り上げをのばし、
そこから投資を回収するビジネスモデルを有していると認められるところ、
本件においては本件グループの解散により将来の売り上げの回収が困難に
なったことが認められる。

しかし、プロダクションの指導監督が十分ではなかったので、
少女が支払うべき金額は過失相殺により65万円である。

…私が疑問に思うこと…

プロダクション会社(原告)が交際の事実を知ったのが10月初旬なのに、
10月下旬に早々とグループを解散させたことが合理的な判断といえるのか。
そんなに早々と解散させてプロダクションは不法行為による損害を被った
といえるのか?

アイドルが男性ファンから支持を得るために交際禁止条項が必要なのか。
女性アイドルが男性ファンと交際したら男性ファンからの人気がなくなるのか?

当時15歳の少女が異性と交際すると、プロダクション会社に対するマナー
違反にとどまらず、法律上の「不法行為責任」まで負うことになるのか?

「アイドルとは芸能プロダクションが初期投資をして媒体に露出させ、
人気を上昇させてチケットやグッズなどの売り上げを伸ばし、投資を
回収するビジネスモデルである。」という部分については、
アイドル=人ではなく商品、という前提になっていて違和感があります。

ですが、仮にアイドル=商品という前提で考えても、児島裁判官は
アイドルビジネスの投資回収期間を非常に短期的にとらえているような
気がします。

すぐに儲からないとダメ、最初に傷がついたら「もう使い物にならない」と
言っているのと同じではないでしょうか?

私は、そもそもの話として、交際を広く一般的に禁止する条項は公序良俗に
違反し無効(民法90条)になるのではないかと思えてなりません。

ただ、この事案では、被告にされた少女は本当に大変だったと思います。

せっかくアイドルとしてデビューしたのにグループを解散させられて、
裁判で被告にされて、自分の交際のことをいろいろ言われて、1審判決で
相当に心身が疲れてしまったのではないかと思います。

それが理由で少女は控訴しないで1審判決を確定させたのだろうと
推測していますが、もし控訴して東京高裁で公序良俗違反を主張したら
(私なら公序良俗違反も主張したと思うのですが…)、
1審判決とは逆の「交際禁止条項は無効」という判断になったかもしれないと
思います。

…訴訟で自分の思いや考えを実現させるためには…

このメールマガジン第2号でご紹介したサッカーボール事件(最高裁判所
第一小法廷・平成27年4月9日)では、1審2審で支払義務があるとされた
のですが、最高裁で判例変更により支払義務はないとされました。
もちろん上級審で争っても勝てるとは限らず、実際は上級審での逆転勝利は
確率的に厳しいことは確かです。

ただ、1審の裁判官により下された判決に納得できず、法的に逆転判決の
可能性がありそうだと思えるときは、遠慮しないで控訴して争っても
よいのです。

裁判というのは神様ではない人間が裁判官になって、裁判で出された主張と
証拠を前提にして、結論を出すものなので、どのような主張をするか、
証拠として何を出すか、裁判官がどんな考え方をするか、によって結論が
変わってきます。

だから、日本をはじめとする多くの国で三審制(地方裁判所、高等裁判所、
最高裁判所)のシステムを採用しています。
そして、その三審制によってメルマガ第2号で紹介したような上級審で
結論が変わるという事例も生まれます。

そして、裁判の結論が予想に反するものだったり、上級審で結論が変わって
しまうことを比喩する言葉として、「訴訟は水もの」という言葉があります。
これは法律実務家にとって聞き慣れた言葉なのですが、もしかしたら
初めてお読みになる(お聞きになる)方もいらっしゃるかもしれません。

訴訟で自分の思いや考えを実現させるために、どのような主張がよいか、
その主張のためにどのような証拠を出すべきか。

それでも、訴訟は水もの。結論がおかしいと思うときもある。
でも他の裁判官は違う考え方をするかもしれない。控訴をしようと
思えばできる。さて、どうするか。

裁判ではこのような検討がよく行われます。

この事案では私は判決内容に本当にびっくりしました。
そして、事案のことを考えるうちに、皆様と一緒に裁判という制度の
特性を考えてみたいと思い、メルマガ第5号でとりあげることにしました。

今月もお読みいただきありがとうございました。

 

吉田 良夫