変化の時代に、人に残るもの

AI時代における感情と共感のゆくえ

皆さま いかがお過ごしでしょうか。

3月に入り、東京でも桜が開花しました。
少し暖かくなると、桜の名所は多くの人で賑わいます。

近年は、日本人だけでなく、多くの訪日客の方々が桜を楽しんでいます。
日本の春の風景が、国境を越えて共有されていることを実感する場面です。

一方で、日常の風景も変化しています。
近くのコンビニに入ると、店員さんが全員外国人ということも珍しくありません。

日本はすでに、自国民だけでは労働力を賄えない社会に入り、
外国人の力を前提とした社会のあり方が現実のものとなっています。

そのような中、世界に目を向けると、
移民政策の大きな転換や、国際情勢の緊張の高まりなど、
社会の前提そのものが揺らぐような出来事が続いています。

さらに、生成AIやAIエージェントの急速な普及により、
これまで時間をかけて行っていた調査や分析が、
短時間で完了する時代になりました。

業務の効率化という点では大きな進歩ですが、
同時に「人間の役割は何か」という問いも、より鮮明になってきています。

私自身も昨年秋頃から生成AIを活用していますが、
思考の整理や、いわば「壁打ち相手」として非常に有用であると感じています。

ただ一方で、
AIが導いた結論そのものに対しては、
どこか感情が動きにくいという側面も感じています。

人は、誰かが時間をかけ、試行錯誤し、
熱意をもって生み出したものに対して、
納得や共感、時には感動を覚えるのではないでしょうか。

効率化が進めば進むほど、
「人が関わる意味」や「感情の価値」は、
むしろ相対的に高まっていくようにも思えます。

変化の大きい時代だからこそ、
自分の感情と向き合い、他者の気持ちを理解し、
それぞれの立場や事情の中で折り合いをつけていくこと。

そうした営みこそが、
これからの時代において、より重要になるのかもしれません。

今月も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
来月もどうぞよろしくお願いいたします。

吉田良夫