
人生を分ける決断
~賤ケ岳の戦いから考えるリスクマネジメント~
皆様、こんにちは。
厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
私は歴史が好きなのですが、歴史を見ていて特に興味深いと思うのは、後世に生きる私たちは「その後どうなったか」を知っているということです。
「あのとき、こちらを選んだから成功した」「あそこで判断を誤ったために、その後の人生が厳しくなった」と、私たちは結果を知ったうえで歴史を見ることができます。
しかし、当然ながら、その時代を生きていた本人には未来は見えていません。
どちらを選んでも何かを失う。それでも、どこかで決断しなければならない。
歴史には、そんな「人間の苦渋の決断」が数多く残されています。
先日の大河ドラマ「豊臣兄弟」では、秀吉と柴田勝家が争った「賤ヶ岳の戦い」が描かれていました。
その中で私が特に興味を持ったのが、後に加賀百万石の礎を築く前田利家の決断でした。
利家にとって柴田勝家は、織田家の北陸方面を率いる上司であり、長年恩義を受けてきた主君に近い存在でした。
一方、秀吉とは織田家草創期からの古い友人です。さらに、利家の妻「まつ」と秀吉の妻「ねね」も親しく、家族ぐるみの深い付き合いがありました(秀吉の養女となった「お豪」は、利家とまつの実の娘です)。
つまり利家にとって「勝家か秀吉か」という選択は、単なる政治的・軍事的な選択ではありません。
長年の恩義を取るのか、古くからの友情と家族のつながりを取るのか。どちらを選んでも大切なものを失う可能性があります。
1583年、秀吉軍と勝家軍は賤ヶ岳で激突します。
そして戦いの決定的な局面で、利家は勝家方の武将の救援に向かわず、戦線を離脱して自らの領地である越前府中へ退きました。この離脱が柴田軍内の動揺を広げ、賤ヶ岳の戦いの勝敗に大きな影響を与えたと考えられています。
この行動の真意についてはさまざまな見方があり、単純に「利家が勝家を裏切った」と言い切れるものではないようです。
私には、勝家への恩義と秀吉との深い関係の間で苦しみ続けた利家が、最後に「どちらかを攻撃する」のではなく、「戦わない、戦線を離れる」という苦渋の決断をしたようにも見えます。
しかし、決断には結果が伴います。
利家の離脱後、柴田方は崩れ、敗走します。その後、勝家を追撃する秀吉は越前府中の利家のもとを訪れ、利家は秀吉に臣従します。
そして前田家は、その後の激動の時代を生き抜き、やがて加賀百万石へと発展していきます。
後世の私たちは、その繁栄の事実を「前田利家の成功物語」として知っています。
しかし、賤ヶ岳の戦場を離れたその瞬間の利家は、自分の未来を知る由はなく、自らの決断がどのような結果を招くのか、大きな不安の中にいたのではないでしょうか。
ここに、私は歴史から学ぶ面白さを感じます。
人生にも仕事にも、ときとして重大な決断を迫られる場面があります。
しかも、その場面では何が「正しい選択肢」なのか、何が「間違った選択肢」なのか分かりません。
どの道にも言い分や合理性があり、どの道にも危険がある。そして、どちらを選んでも何かを失う可能性があります。
その決断によって、その後非常に厳しい人生になる人もいます。一方で、苦しい決断とその後の苦境を乗り越え、そこから人生を開花させ、大きな仕事を成し遂げる人もいます。
後になって結果が分かってから、「あの判断は正しかった」「間違っていた」と事後評価することはできます。
しかし、人生でも仕事でも、リスクマネジメントとは結果を知ってから行うものではありません。
結果が分からない段階で、何が起こり得るのかを考え、
そこにリスクマネジメントの本質の一つがあるように思います。
賤ヶ岳の戦いについて、もう少しだけお付き合いください。
信長存命時、勝家は織田家の方面軍司令官として筆頭格の武将でした。しかし、本能寺の変から賤ヶ岳までの約10か月という短期間で、秀吉は急速に勢力を拡大します。
京都・大坂・堺を中心とする経済圏への影響力を強め、堺商人や多くの有力武将との関係を築き、交通・物流面でも有利な立場を形成していきました。
戦争では「兵站」が重要だといわれます。
誰から調達するのか。どう運ぶのか。不足した場合の代替手段はあるのか。そして、その仕組みを継続できるのか、という問題です。
これは企業経営でも同じです。
資金、人材、取引先、物流、情報、システム。これらは平常時には動いて当たり前ですから、あまり目立ちません。しかし、それが当たり前ではなくなる重大局面では、必要な人がいて、必要な物資や情報が届き、組織が動き続けられるかどうかが、その命運を左右します。
そして、もう一つ重要なのが「人」です。
人間あっての組織であり、戦時でも平時の企業経営でも、人についてのリスクマネジメントは極めて重要です。
「この人はいま、どのような立場に置かれているのか」
「何と何との間で苦しんでいるのか」
「重大な局面で、どのような決断をする可能性があるのか」
経済的な事情だけではありません。人には、他人には言いにくいその人固有の事情もあれば、感情もあり、家族の事情もあります。
その人が離反することなく、同じ船に乗って共に歩んでいくために、自分は何をすべきなのか、何に注意すべきなのか。
そこまで考えることも、生き残るための大切なリスクマネジメントではないかと思います。
勝家には勝家の決断があり、利家には利家の決断があり、秀吉には秀吉の決断がありました。
その結果、ある者は歴史の表舞台から去り、ある者はそこからさらに大きな人生を歩むことになります。
しかし、その結末を、選択する時点の本人たちは知ることができません。
私たちが生きている「現在」も同じです。まだ結果の分からない、それぞれの歴史の途中にいます。
だからこそ、人生の重大な局面では、できる限り情報を集め、人を見て、状況の変化を感じ、分析し、考え、リスクを想定し、その対策を尽くす。
そして最後は、自分の人生なのですから、自分で決断し、
前田利家の苦渋の決断とその後の人生を思いながら、改めてそのように考えました。
時代が変わり、食べるものも、社会の仕組みも、私たちが使う道具も大きく変わりました。
しかし、人が悩み、迷い、決断し、その結果を背負って生きていくという、人間と人生の本質は、太古の昔からそれほど変わっていないように思います。
だからこそ、歴史は本当に面白く、そして歴史から多くのことを学ぶことができるのだと思っています。
まだまだ暑い日が続きます。
皆様、どうぞお身体にお気をつけてお過ごしください。
来月もよろしくお願いいたします。
吉田総合法律事務所
所長 吉田 良夫