2020年5月25日 弁護士 星野 光子
<参考文献>
文中に挙げたものの他、
日弁連中小企業法律支援センター「新型コロナウイルスに関連する法律相談Q&A」(2020年4月28日更新版)
2~7頁のQ2-1からQ2-9
労働者を休業させた場合の給与・休業手当
[ 前提 ]
労働者を休業させた場合の給与、休業手当の支払いに関する規定について整理します。
民法第536条(債務者の危険負担等)
1 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
民法536条1項によると、当事者双方(=労使双方)の責めに帰することができない事由によって、債務を履行することができなくなった(=休業した)とき、使用者は給料全額の支払いを拒むことができます。
自然災害(地震、津波)により直接的な被害を受けた場合等が例として挙げられます。
民法536条2項によると、債権者(=使用者)の責めに帰すべき事由によって、債務を履行することができなくなった(=休業した)とき、使用者は、給料全額の支払いを拒むことができません(=労働者は給料全額を請求できます)。民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」とは、「債権者の故意,過失またはこれと同視すべき事由」をいいます。
解雇予告をすることなく解雇した場合が例として挙げられます。
労働基準法第26条(休業手当)
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
労働基準法26条によると「使用者の責に帰すべき事由に」よって休業したとき、労働者は平均賃金の60%以上の手当を支払わなければなりません。
労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」とは、①民法536条2項の『債権者の責めに帰すべき事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」(ノース・ウエスト航空事件、最高裁第2小法廷昭和62年7月17日判決)、②不可抗力によるものは含まれない(菅野和夫『労働法』(12版)457頁)とされています。
一般には、「不可抗力」とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2要件を満たすものでなければならないと解されています(厚労省HP(新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)(令和2年5月14日時点版))(以下「厚労省HP」といいます。)4問1も同様。)。
休業手当の支払義務を生ぜしめる事由としては、機械の検査、原料の不足、流通機構の不円滑による資材入手難、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難が挙げられます。
賃金請求権は、労務の給付と対価関係にありますから(労働契約法6条)、従業員の責めに帰すべき事由による休業の場合は、給与、休業手当ともに支払う必要はありません。
労働契約法6条
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
休業原因ごとにまとめると、次のとおりとなります。
A 双方の責めに帰することができない事由(民法536条1項)
→給与・休業手当不要B 使用者の責めに帰すべき事由(使用者側に起因する経営、管理上の障害)(労働基準法26条)
→60%以上の休業手当支払要C 使用者の責めに帰すべき事由(使用者の故意・過失および信義則上これと同視すべき事由)(民法536条2項、労働基準法26条)
→100%の給与支払要
労働基準法26条の範囲において同条の適用あり(実益は付加金)D 従業員の責めに帰すべき事由
→給与・休業手当不要
【Q1】 感染が疑われる従業員を休業させる場合
新型コロナウイルスへの感染が疑われる従業員を休業させる場合、給与又は休業手当の支払いは必要ですか?
【A1】
使用者の責めに帰すべき事由はないとされ、法的には不要であることが多いと思われます。
ただし、自宅勤務の方法等、休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合は、休業手当の支払いが必要です。厚労省HPは、「帰国者・接触者相談センター」での相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である従業員について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に、休業手当を支払う必要があるとしています(4の問3)。
自宅勤務させる場合、使用者には安全配慮義務がありますので、この点、留意する必要があります。
【Q2】 感染した従業員を休業させる場合
従業員が新型コロナウイルスに感染したために休業させる場合、休業手当はどのようにすべきですか?
【A2】
法的には支払う必要はありません。
令和2年2月1日、新型コロナウイルス感染症は、感染症予防法の指定感染症として定められ、新型コロナウイルスに感染した者は、都道府県知事により、就業制限や入院勧告を受けます。この場合の休業は、使用者の責めに帰すべき事由によるものではありません。
なお、被用者保険に加入している場合であれば、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されます。
また、この場合、休業の日についてはすでに労働義務がなく、年次有給休暇を取ることはできませんが、労使合意の下に、年次有給休暇取得を認めることは差し支えありません。
【Q3】 自主休業の場合
従業員が発熱などの症状があるため自主的に休んでいます。その場合、休業手当の支払いは必要ですか?
【A3】
法的には支払う必要はありません。
新型コロナウイルスに感染しているかどうかがわからない時点で、発熱などの症状があるため従業員が自主的に休む場合には、通常の病欠と同様に扱います。
【Q4】 事業の休止に伴う休業の場合
新型コロナウイルス感染症によって、事業の休止などを余儀なくされ、やむを得ず休業する場合、休業手当の支払いは必要ですか?
【A4】
(1)海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合
使用者の責めに帰すべき事由か否かを検討することが必要です。
厚労省HPは、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があるとしています。(4問5)
休業手当支払義務を生じさせる休業事由の典型例として、原料の不足、流通機構の不円滑による資材入手難が挙げられます(菅野和夫『労働法』457頁)。
上記判断には、慎重な検討が求められます。
(2)新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」といいます。)適用下で、協力依頼や要請などを受けた営業の自粛に伴う休業の場合
使用者の責めに帰すべき事由か否かを検討することが必要です。
労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」には「不可抗力」によるものは含まれません。
そして、厚労省HPによると、「不可抗力」とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることという要素をいずれも満たす必要があるとしています。
そして、「①に該当するものとしては、例えば、今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対応が取られる中で、営業を自粛するよう協力依頼や要請などを受けた場合のように、事業の外部において発生した、事業運営を困難にする要因が挙げられ」、「②に該当するには、使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしていると言える必要があ」るとし、「具体的な努力を尽くしたと言えるか否かは、例えば、
- 自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか
- 労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか
といった事情から判断される」としています(4問7)。
上記厚労省HPの①の要件の書き方はあいまいであり、その判断には慎重さが求められます。さらに付言すれば、万が一訴訟になった場合、厚労省の基準どおりの基準を裁判所が定立するとは限りません。
なお、東京都の緊急事態措置の内容や対象は以下のとおりです。
・新型コロナウイルス感染拡大防止のための東京都における緊急事態措置等
・対象施設一覧(東京都)
また、東京都の緊急事態措置等による休業要請は、特措法24条9項による緊急事態宣言の発出を前提としない協力要請です(一部施設については、緊急事態宣言の発出を前提とした特措法45条2項に基づく施設の使用停止の要請が行われています。)。
安全配慮義務
[ 前提 ]
労働者は、使用者から指定された場所に配置され、使用者の提供する設備、器具等を用いて労働に従事することが一般的ですから、労働契約に伴い信義則上当然に、使用者は労働者を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものと解されています(最高裁昭和50年2月25日(陸上自衛隊事件)、最高裁昭和59年4月10日判決(川義事件))。
それを明文化したものが次の条文です。
労働契約法5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
「必要な配慮」の内容は、一律に定まるものではなく、使用者に特定の措置を求めるものではありませんが、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて、必要な配慮をすることが求められます(労務行政研究所編『実務コンメンタール 労働基準法 労働契約法』579頁)。
【Q5】 使用者が新型コロナウイルス感染症対策を講じなかったために従業員が感染した場合
わが社では、新型コロナウイルス感染症対策を特に講じていなかったところ、従業員が感染してしまいました。使用者は安全配慮義務違反を負いますか?
【A5】
新型コロナウイルス感染症対策を講じなかったことと従業員の感染に相当因果関係が認められれば、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。
【Q6】 感染した従業員が自宅勤務したいと申し出た場合
従業員が新型コロナウイルスに感染したため、出社を禁じたところ、体調は悪くないので、自宅勤務をしたいとの申し出がありました。本人が大丈夫だと言っているので、自宅で可能な業務をさせても問題ないでしょうか?
【A6】
自宅で可能な業務を命じた後、症状が悪化した場合には、使用者として必要な安全配慮を尽くしていないと判断される可能性がありますので、慎重な検討が必要です。
採用内定者の内定取消し
【Q7】
今回の新型コロナウイルス騒動のため、売上が相当落ち込み、事業規模の縮小も検討せざるを得ない状況です。そのような状況に鑑みて、4月に入社予定の採用内定者について、採用内定を取り消したいのですが、採用内定取消しを適法に行うことは可能でしょうか?
【A7】
最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)は、採用内定の法的性質について、就労の始期付解約権留保付労働契約が成立したものと判断し、採用の内定の取消し(留保解約権の行使)については、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」と判示しています。
また、東京地判平成9年10月31日判決(インフォミックス事件)は、「企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する…4要素を総合考慮の上、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべき」としました。
整理解雇の有効性の判断に関する4要素とは、以下の要素です。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避措置の相当性
- 人選の合理性
- 手続の相当性
解約権行使が適法か否かに関する裁判所の判断は、概して使用者に厳しい傾向にありますから、慎重な判断が必要です。
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