A 2022年7月に、あるIT企業の初任給が他社のものと比べて高額であることが話題となりました。もっとも、初任給の内容をよく見ると、そのIT企業では固定残業代制度を採用しているため、初任給にも固定残業代が含まれているなど、実質的には他社の初任給とそれほど大きくは変わらないようです。
このIT企業のように、近年では、残業代である割増賃金をあらかじめ定額として設定して支給する「固定残業代制(または定額残業代制)」を採用している企業が増えています。
この固定残業代制を採用するにあたっては、時間外労働等の割増賃金を定める労働基準法37条に違反しないように注意する必要があります。
労働基準法37条は、使用者が時間外労働をさせた場合には割増賃金を支払わなければならないということしか定めておらず、固定残業代制の要件を定めているわけではありません。固定残業代制の有効性や要件については、判決の積み重ねによって形成されております。
判例は、固定残業代制はただちに労基法37条に違反しないとしつつ、
① 通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できなければならず(明確区分性または判別要件)、
② 割増賃金に当たる部分が実際の割増賃金相当額以上の金額でなければならない(金額適格性または割増賃金額要件)
としています。
さらに、近時の判例は、上記①と②に加え、
③ 割増賃金に当たる部分が時間外労働等の対価である割増賃金として支払われたものといえなければならない(対価性)
ということも必要であると判断しました(日本ケミカル事件判決(最判平成30年7月19日労判1186号5頁 ))。
そして、対価性は、雇用契約書等の記載内容や使用者の説明等、実際の時間外労働時間との近接性などの事情から判断するとされています。もっとも、どのような場合に対価性が認められるかは、現時点で明確ではありません。
したがって、固定残業代制に関する議論は流動的であり、完璧な制度設計をすることは現状できません。また、上記②からすれば、割増賃金の計算をして実際の割増賃金相当額が固定残業代よりも上回れば、その分の割増賃金を支払わなければなりません。そのため、固定残業代制は、企業にとって必ずしもメリットとなるわけではありません。
さらに、固定残業代の金額が労働者の健康を損なう危険性があるほどの時間外労働に相当するような場合には、公序良俗(民法90条)に違反して無効となる可能性もあります。ある裁判例では、月80時間分の時間外労働の割増賃金に相当する固定残業代制について、公序良俗に違反して無効と判断されています(イクヌーザ事件(東京高判平成30年10月4日労判1190号5頁))
固定残業代制を導入する際は、以上のことに最低限留意して検討し、後から固定残業代制が無効とならないよう雇用契約書や就業規則を作成してください。
固定残業代制が無効となってしまうと、固定残業代として支払っていた金額も割増賃金の基礎となる通常の賃金となり、さらに割増賃金全額を改めて支払わなければならなくなるため、労働者に支払うこととなる残業代は高額となる可能性があります。その金額によっては、企業の経営に影響を与えることもあり得ます。そのため、固定残業代制を導入する際はご注意ください。
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