大手回転寿司チェーン店を運営する会社の前社長が営業秘密を不正に持ち出したとして不正競争防止法違反の罪で逮捕されたという報道がありました。
営業秘密の侵害については、不正競争防止法という法律が、民事責任(損害賠償請求や差止請求など)や刑事責任(懲役刑や罰金刑)を定めています。
そして、近年は、この事件のように企業から営業秘密が漏えいして民事裁判や刑事裁判となることが増えています。
近年は転職する人が増えており、前職の経験や知識を活かして転職が行われることから、営業秘密が漏えいする可能性が大きくなってしまいます。
また、最近推進されている副業・兼業も、本業の経験や知識を活かして行われることが多いことから、営業秘密が漏えいしてしまうリスクが大きくなっています(なお、副業・兼業についてはこちらのページ もご覧ください。)。
他方で、いったん営業秘密が漏えいしてしまうと、被害の回復が困難であることも多いのが実情です。
そのため、営業秘密が不正に持ち出されて、企業に甚大な損失が生じないように対策することが求められています。
故意に営業秘密を持ち出されないようにすることは当然のことです。しかし、社員が営業秘密と認識していなかったため誤って持ち出されてしまったというような場合でも、情報管理がずさんであるなどとして社会的信頼を失い、レピュテーションリスクが発生してしまうことにもなりかねません(報道によれば、大手回転寿司チェーン店運営会社の前社長も、任意の取調べで「大した情報ではない」と供述しているようです。)。
また、他社の営業秘密を持ち込まれてしまい、他社と訴訟トラブルとなってしまうこともあります。そのため、他社から営業秘密を侵害したと言われないようにすることも必要です。
営業秘密を守ために企業はどのような点を注意すればいいのでしょうか。
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1 営業秘密を守るためには、まずは不正競争防止法の営業秘密(以下、「営業秘密」といいます。)に該当するようにすることが重要です。
企業の保有している情報のすべてが、この営業秘密に該当するわけではなく、以下の3つの要件を満たすものだけが営業秘密として保護されます。
① | 秘密管理性 | 秘密として管理されていること |
② | 有用性 | 有用な技術上または営業上の情報であること |
③ | 非公知性 | 公然と知られていないこと |
この3つの要件の中で、特に①秘密管理性が重要です。
2 秘密管理性が認められるためには、情報を扱う社員等にとってその情報が秘密であることが分かる程度の措置をとらなければなりません。
具体的には、その情報に「マル秘㊙」と記載したり、情報にアクセスできる社員を制限したり、秘密保持契約で対象となる情報を特定したりすることが考えられます。
これは、営業秘密として保護されるためには、企業がきちんと管理しておかなければならず、管理が不十分な場合には保護されないということを意味しています。
もっとも、社員数の少ない中小企業では、厳重な情報管理を行うと、業務に支障が出ることも考えられます。
法律も、完ぺきな情報管理を要求しているのではなく、その企業の規模などに応じた適切な情報管理を求めていると解されています。
すなわち、これをしておけば営業秘密として保護されて安心だという確実なものはなく、企業の状況に応じた情報管理体制を考えなければなりません。
3 営業秘密として保護されるための最低限の対策については、経済産業省が公表している「営業秘密管理指針」にまとめられています。
また、より高度なものも含めた包括的な対策については、同じく経済産業省が公表している「秘密情報の保護ハンドブック」にまとめられています。
これらの資料を参照しながら、適切な情報管理を行ってください(本記事もこれらの資料を参考として作成しています。)。
これまで企業の中心的な立場として業務していた社員が退職することとなりました。この社員は、企業の重要な営業秘密を扱っていたので、営業秘密が不正に持ち出されないようにしたいのですが、どのようにすればいいのでしょうか。
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1 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が令和2年度に実施した調査によると、営業秘密の漏えいルートは、中途退職者(役員・正規社員)による漏えいの割合が36.3%とトップとなっています(なお、現職と退職者を含めた役員・従業員を通じた漏えいは8割を超えています。)。
このデータからも、社員が退職する際には、営業秘密が漏えいしないよう対策を講じる必要性が高いことが分かります。
【IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査実施報告書」より引用】
2 退職者との関係での営業秘密漏えい防止策として、まずは、退職時に遅滞なく退職者が情報にアクセスできなくすることが必要です。また、退職者の業務内容によっては、退職前であっても、順次アクセスできる情報の範囲を狭めていくことも考えられます。
次に、必要に応じて、情報へのアクセスのログを集中的に確認し、おかしなアクセスがなされていないかも確認します。
また、退職者の営業秘密に対する認識を向上させたり、言い逃れを防止させたりすることで、営業秘密の漏えいを防止することもできます。すなわち、退職時に、退職者と秘密保持契約や競業避止義務契約を締結することで、改めて退職者に対して営業秘密を認識させることができます(ただし退職者にはこのような契約を締結する義務がないことが一般です)。
さらに、退職者に対して適切に退職金を支払い、円満に退職させて信頼関係を持続させることで、副次的な効果として営業秘密の漏えいを防止することもできます(経産省の「秘密情報の保護ハンドブック」80頁もこの点を指摘しています。)。
3 上記の事項は、退職者の退職時における企業の対策ですが、その前提として、通常時から情報管理を適切に行うことも重要です。
特にテレワークが普及し、物理的に社外へ情報を持ち出すことが多い企業では、退職時に上記の対策を講じたとしても、それよりもずっと前に営業秘密が持ち出されてしまっているということも考えられます。
そのため、常日頃から、適切な情報管理を行うことが重要です。
競業他社の退職者を中途採用した場合に、競業他社から営業秘密を侵害したと言われトラブルに巻き込まれてしまうことがあると聞きました。そのようなトラブルを避けるためには、どのようなことに注意すればいいのでしょうか。
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1 最初に説明したとおり、転職者が増えている現代社会において、競業他社の退職者を即戦力として中途採用することは珍しくありません。
しかし、健全に事業活動を行っている企業であっても、競業他社の退職者を中途採用したことを契機として、競業他社から嫌がらせ目的で営業秘密侵害として訴えられるリスクが発生してしまいます。
そのようなときに企業の身を守れるよう、あらかじめ対策しておくことが重要です。
2 転職者が持ち込む情報の中に、前職の企業の営業秘密が含まれている場合には、企業が企業秘密であることを認識していなかったとしても(故意がなかったとしても)、重大な過失がある場合には、不正競争防止法違反として民事責任を負う可能性があります。
そこで、企業としては、以下の対策を講じることが考えられます。
① 転職者の前職との契約関係の確認
転職者を中途採用する際に、前職での就業規則や秘密保持義務契約書、ヒアリングにより、前職に対して転職者が負っている秘密保持義務や競業避止義務の有無、内容を確認します。
② 中途採用時における誓約書の取得
中途採用時に、前職の営業秘密を持ち出しておらず、持ち込まないことなどを内容とする誓約書を転職者に作成してもらいます。
これにより、転職者への注意喚起となるとともに、重大な過失がないことの根拠の一つとすることができます。
③ 採用後の管理
①や②を行ったとしても、営業秘密が持ち込まれてしまう可能性を完全に排除することはできません。そのため、採用後の業務について、定期的に確認することも重要です。
3 また、企業が保有している情報が、他社から持ち込まれたものではなく、真に独自のものであると立証できるようにしておくことも重要です。
この立証ができれば、仮に他社から営業秘密侵害として訴えられたとしても、正当に保有している情報であることを明らかにすることができます。
具体的には、情報の作成・取得過程や更新履歴などを記録して保管することになります。
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営業秘密をどのように活用するかということは、技術的かつ経営的な問題です。
しかし、営業秘密をどのように守るかということやトラブルに巻き込まれることを未然に防ぐにはどうすればいいかということは、法律的な問題ですので、弁護士の力が必要となります。
当事務所は中小企業・中堅企業の実情をよく理解しています。そのため、中小企業・中堅企業の実情に即した情報管理に関するアドバイスを行うことができます。
情報化社会において、営業秘密は企業の貴重な財産であり、企業の発展のためにも、営業秘密の管理は重要課題です。
これを機会に、今一度営業秘密の管理状況を見直していただき、少しでも不安を感じたら当事務所へご相談ください。
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