歴史の転機に、人は何を背負って立つのか

~ NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見て思った、金ヶ崎の退き口と三人の宿命~

風薫る5月も下旬となり、日中は汗ばむ陽気も増えてまいりました。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

今回は、少し趣向を変えて、NHK大河ドラマを見て思い出した、私の好きな歴史場面について書いてみたいと思います。

少し前に放送された大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、
織田信長が浅井・朝倉軍の挟撃を受け、越前から撤退する「金ヶ崎の退き口」が描かれていました。

この場面は、私にとって非常に興味深い歴史上の一場面です。

かつては、木下藤吉郎、後の豊臣秀吉が一人でしんがりを務め、信長を救った英雄譚として語られることが多かったように思います。
今回の大河ドラマも、主にこの流れで描かれていました。

しかし、近年の歴史研究や解説に触れると、実際には秀吉だけでなく、明智光秀、徳川家康らも、それぞれの立場と事情の中で撤退戦に関わっていたとされています。

もちろん、歴史の細部については諸説があります。

ただ、私が強く惹かれるのは、まさにこの点です。

後に天下を取る秀吉。

本能寺の変を起こす光秀。

江戸幕府を開く家康。

この三人が、まだ後世の「歴史上の巨人」になる前に、同じ危機の中で命を懸けていたという事実に、何とも言えない面白さを感じます。

秀吉には、ここで功を立てたいという思いがあったかもしれません。

光秀には、信長や将軍家との関係の中で果たすべき役割があったかもしれません。

家康は、信長の同盟者として、また自らの軍勢を生き残らせるため、厳しい状況に向き合わざるを得なかったのかもしれません。

三人は、それぞれ違う理由で、同じ危機の中にいました。

そして、三人とも生き延びました。

もし、このとき秀吉が討たれていたら。

もし、光秀がここで命を落としていたら。

もし、家康が生還できなかったら。

その後の日本の歴史は、まったく違うものになっていたはずです。

歴史を振り返る面白さは、単に「誰が勝ったか」「誰が偉かったか」を知ることだけではありません。むしろ、一人ひとりが、その時点では先の見えない状況の中で、自分の立場、自分の役割、自分の判断を背負って生きていたことに思いをめぐらせるところにあるように思います。

後から見れば、歴史には大きな流れがあったように見えます。
目には見えない何か大きな力が、秀吉、光秀、家康をこの場で生かし、その後も三人の人生を、運命や宿命のように絡み合わせていったようにも感じます。

しかし、その渦中にいる人間には、未来の結末など分かりません。

目の前の危機にどう向き合うか。
その時に何を守り、何を引き受けるか。
その積み重ねが、後から「歴史」と呼ばれるものになるのだと思います。

金ヶ崎の退き口は、秀吉、光秀、家康という三人の運命が、まだ大きく動き出す前に一度交差した場面のように見えます。

後に、光秀と秀吉は山崎の戦いで激突します。
秀吉と家康も、小牧・長久手の戦いで対峙し、家康がその力量を示しながらも、最終的には秀吉が天下統一へと進んでいきます。

金ヶ崎で同じ危機を共有した者たちが、その後、味方となり、敵となり、また時代を動かしていく。

そこに、歴史の不思議さと、人間の宿命のようなものを感じます。

もちろん、私たちの日常は戦国時代ではありません。

しかし、仕事でも人生でも、自分では選びきれない状況に置かれ、その中で何らかの役割を果たさなければならないことがあります。
望んで飛び込む場合もあれば、気づけば巻き込まれている場合もあります。

それでも、その場でどう振る舞うかが、後から振り返ったときに、自分自身の歩みを形づくっているのかもしれません。

大河ドラマをきっかけに、久しぶりに好きな歴史場面について考える楽しい時間を持つことができました。

皆さまも、ドラマや本、旅先の風景などをきっかけに、ふと昔の人物や出来事に思いをめぐらせることがあるのではないでしょうか。

歴史は遠い過去の話でありながら、時に、今を生きる私たちの心にも静かに響いてくるものだと感じます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。


吉田良夫